講義など

講義の日。
一つ目の講義は、登録している人数が70名弱。今日来ていたのは8名。

私にとっては、なかなか良い出席状況だ。
ただ、教務にとっては良くないことのようである。教務依頼のアンケートやら何やらをやると、出席者が少ないことがバレる。先週も学生を捜している、とかで出席カードを見せてくれ、といわれたから見せたら「少ないですね」と言われた。「ええ」と答えたが、妙にせめられているような気がする。俺が小心者だからか。

しかし、出てこないものは仕方がない。
私の講義(方法?内容?)が悪いのかナー、と内省してみたが、よく考えれば私が学生だった頃もガラガラの授業があった。試験の時だけやたらと学生が増えてね。増加率が1000%では済まないぐらいの。それは授業の内容が悪かったのかというと、単に体育の後の五時間目だった、ということが主たる原因だったように思う。講師の講義能力と出席率はそれほど相関が高くないのかもしれない。

面白いだけの、学生におもねる授業はしたくないからね。誰にとっても得にならないから。

嫌なのは、8名しか出席していないのに、教室がゆうに150名は入る部屋だということだ。
これはインパクトが無駄に拡散してよくない。学生も「なんだこのガラガラの授業は」と思うとやる気がそげるし。もう少し、生徒との距離が近い方がよい。身のある話ができる。

二つ目の講義はかなりの人数が出席する。きっと時間割の関係だろう。
ただ、五時間目ということで、学生の体力が切れかかっている。前を向く力が残っていないようだ。
だからといって周りとお喋りされると、こちらも話す力がなくなっていくわけで。

一回教壇に立ってみるとよい。大講義・大教室のお喋りというのは、講師の集中力を阻害する。これを阻害されると、何を話しているのかわからなくなり、話の筋が切れる。結果、他の学生にも悪影響が出るというわけだ。

今日は二度注意してもやたらとやかましかったグループがいたので、教室から追い出した。
近寄って「出て行け」といい、ちゃんと出て行くまで講義中断。

こちらとて、やりたくてやっているわけではないのである。
これをやると、話が数分途切れるので、自分がどこまで話していたかわからなくなる。
怒られて出て行く学生は、実はまだよい。残された、普通の学生の空気は、妙に張り付いて−冷めてしまっているので、学生も講師も「暖め直す」のに苦労するわけである。

誰に対してかわからないが、日記で愚痴ってしまいました。我々講師にとっては日常茶飯事だけどね。

きちんと学ぶ子・できる子を伸ばし、評価するシステムと、学ぼうとしない子・できない子は大学に来させない、という社会常識が確立していればなぁ。