自己責任

例えば最近では、年越し派遣村のニュースなんかを聞くと、「自己責任」といういわれ方をするけれども、どうもこの言葉に違和感があるなぁ、と思っていた。

自己責任だ、と相手を非難するように言うのはちょっと違うと思う。
でも、当の本人が、不平不満を他人や行政のせいにしているセリフを聞くと、もっと違うと思う。だから、自己責任という言葉にそれなりの正当性があるように思えてしまうのだ。

おそらく私の感じる違和感は、自己責任=「責任は自分にあります」、という言葉を、他人が発するからだ。
例えば私が解雇されてこの先どうするの、となったときに、自分で「自己責任だ。何とかする」という。他人に「自己責任だぞ」と言われると「そのご批判は甘んじて受けます」という。少なくとも、そういう人間でありたい。そもそも、他人が言うべきは「自己責任だぞ」じゃなくて「お前の責任だぞ」である。

この言葉を他人がいうようになった、ということは、1.自分で自分の責任を取れる人が減った、2.他人にその咎を押しつける人が増えた、という二つの現象を表しているように思う。いじめと同じだ。いじめられっ子は根性がない。いじめっ子は根性が悪い。いずれにせよ、人間性が汚いね。

こういうルサンチマンで生きるのではなく、我々は超人として、美しく生きなければならない。

追記)派遣村ニュースは、思っていたとおりの展開をし始めた。運動家はもう少し、一般市民の感覚に近いところから運動を始めろよなぁ、と思う。もちろん政治家も(笑)。それにしても、結局これでわりを食ったのは、本当に困っている派遣社員と厚労省の職員である。

派遣村ニュース、参考URL
痛いニュース(ノ∀`) : 「年越し派遣村」物資が足りなくなってきた為、行政支援要請へ「想定の2倍近い人が集まり、支援は限界に」…東京・日比谷公園 – ライブドアブログ
痛いニュース(ノ∀`) : 派遣村村民「最初から講堂を開放すればいいのに。行き当たりばったりだ」 – ライブドアブログ
痛いニュース(ノ∀`) : 「厚労省は5日以降の衣食住も提供せよ」…『派遣村』から6項目の要望 – ライブドアブログ