学会所感

二日間にわたるグルダイ学会が終了。

午前中は共同発表。とはいえ、アイデアは後輩Sのものであり、最初にその「着想」を話してもらったという特権で、セカンドに名前を入れてもらったようなもの。私は直感的にオモシロイことはわかったが、何が欠けているのか、どうすればよりよいものになるか、というところまではわからなかった。ただ、まだ完璧じゃないな、ということだけはわかったのだけど(負け惜しみ?(笑))。先輩風を吹かせるには、もとい、アドバイスをするには、その道(理路)について素養がなくてはならないし、頭も柔らかくなくてはならないが、それは今の私にはなかったということだ。やれやれ、世の中には優秀なヤツが多いなぁ。

それにしても、学会に来ていつも思うのは、みんな賢いなぁということとである。

ここでの賢さは二通りあって、第一のものは回転速度である。先の言葉でいうと頭の柔らかさ。常々頭を使っていないと、固くなってしまう。私はD論の後、D論やS論*1を布教活動はしていたものの、クリエイティブな側面については滞っていた。そのせいか、どうも周囲の議論の速度についていけない感じである。

まあ言い訳をさせてもらうと、20代以来の自分の短絡的思考がホトホト嫌になったので、わざと思考速度を落とそうと試みていた側面があるのも事実(内省)。しかし、結論に飛びつかず思考を練ることで正しい方向に進めたとしても、周囲は苦もなくそうできているのなら、おれはただのポンコツである。

ともかく、山月記のトラのようにはならぬよう、謙虚に地味にやっていくしかないね。

もう一つの賢さは、顔と名前との一致についてである。私はものすごいスピードで失認する。エピソード記憶はけっこうあるが、人物情報名なんかはだめだ。四月に大学に赴任し、二カ月半経って、やっとゼミ生五人の名前をしっかり特定できるようになってきたような有様なのだ。要領よく周辺情報から、なんとかヒントをかき集めて会話が成立しているふりはしているが、年に二回ほどしか会う機会のない、学会のセンセたちと有効なコネクションを維持するのは、大変難しい。みんなできているみたいだけど・・・いいなぁ。思うに、軽い認知障害か、そうでなければ学会の“場”に私の心が向いていないのかもしれない。しかも俺はシャイだからなぁ。名前を知らない人に、いきなり話しかけるのが苦手なんですよ。・・・学会活動に向いてないな、俺(笑)

ともかく、よい知的刺激を受けました。さて、のんびり消化していこうかね。

*1:ソシオン理論