Kosugitti's BLOG

アンドロイドは正規分布の夢を見るか

この画面は、簡易表示です

日記

Atomで結構良い感じ

なんか割と理想の環境になったので書いておく。

自宅の環境をちょっと整えていて,ついでにいつもplatexでコンパイルしている作業を,そろそろuplatexかLualatexにしようと思い立った。で,なんとなくエディタとしてのAtomを使うことに。というのも,いつもエディタはmiをつかっているんだけど,これはtextools for miが便利すぎるから,これはplatex環境として置いておこう,と。新しい環境は新しいエディタから,ということで,次に好きなAtomを選択肢に。

最終的には,次のものをプラグインで揃えた。

  • japanese-menu ; 今更ながら,メニューを日本語化
  • latex ; コンパイルのためのもの
  • latexer ; 入力補完
  • language-latex ; 強調表示
  • pdf-view ; コンパイル後のものを横で見たい
  • term3 ; ターミナルを横に開いて見たい
  • wordcount ;  文字数を数える

次に,あんまり環境に手を入れすぎて別の作業場所でファイルがなかったりすると嫌だから,ということで,作業フォルダの中に必要なファイルを入れた。それが次の通り。

  • 心理学用の引用スタイルを作ってくれるbeta_jeconnote.bstなど。場所はこちらから。
  • latexmkrcファイル。コンパイルするのに使う。

これであとはAtomのlatexプラグインの設定をしただけ。

エンジンのパスと種類を指定

あとはbuild on saveにチェックを入れると,保存するたびにコンパイルしてくれて,Openerにpdf-viewを右窓で,と指定してあるから,ちょっと保存するだけで割とリアルタイムに右画面にコンパイルしたものが出る。これでだいぶん楽になった。

昔に比べて,TeXの導入が楽になったおかげである。Mac TeXさまさまですな。まあなんにせよ,インストール周りはバージョン管理がしっかりして来たから,随分と苦労が減りましたよ。

あ,英語で論文を書くときは全部RStudioの,rarticleパッケージとともにやればいいと思いますよ。詳しくはこちらの記事参照。

Enjoyしてます!



学会賞をいただきました

ありがとうございます。そしてホンマすんません。

行動計量学会から表彰されました。林知己夫賞(優秀賞)というやつで,過去の受賞者を見てもすごい名前がズラーっと並んでいるところに,入れてもらいました。

受賞の一報をもらった時は,どういうことなんだろうと,本当に首をかしげるような状態で。論文賞なら,あの論文が認められたんだ,と思います。出版賞なら,あの本がよかったんだな,と思います。優秀賞は「長年頑張っとるねえ(大意)」なので,なんというかピンとこないんですよね。

いや,嬉しいんですのよ。表彰されたのなんか,高校の時のNHKだったかな?の作詞作曲賞(「人造人間KOSUGYのうた」)以来ですからね。幸いこの学会は一番長く続いている学会の一つで,20年来の会員です。何か素敵な論文を書いたってことはないんですが,メインストリームにならない隅っこをウロチョロしてて,それを気にしてくれる人がいたってことのようで,ありがたいことです。

ご無礼なことに,総会をサボって仲間とコーヒーを飲んでおりましたら,ツイッターで「どこにいるの,ばっくれてんじゃねえよ」と連絡をもらいまして。懇親会で授賞式なんだと思ってたら,総会で受賞して,懇親会ではコメントだけなんですね。結局,大会の委員の方々にご迷惑をかけ,懇親会で受賞してもらいました。本当に失礼しました。授賞式の後のスピーチが謝罪会見になったのも,俺らしいといえば俺らしいですか。

懇親会の後は,身近な先生方やお仲間を誘って打ち上げしてきました。師匠の言いつけ通り,賞金はみんなにフィードバック。一人で取れた賞じゃないんだから,の精神です。これは本当にそう思いますし,やっと私も恩返しできる立場になれました。ありがとうございました。

学会に,「これからも頑張るように」と背中を押してもらったのですから,私も残りの人生でしっかりと考えて「数理社会心理学の礎」を作ってから死にたい,と思うようになりました。人生はまだまだ楽しいことがありそうです。今後の私の活躍にご期待ください。あと叱咤激励ください。叱咤9激励1でお願いします。



家メンテ

先日,一人で暮らしている母の実家に寄った時に,家周りのメンテをいろいろ。

1.家の証明を全てシーリングライトに。先日の地震で証明がぶらんぶらんして怖かったから変えたいんだって。

2.電話機を新しいものに付け替え。

3.ドアホンをモニタがついているものに付け替え。

4.プリンタが印字しなくなったのでチェックしてほしいとのこと。

5.PCの動きが遅いのでチェックしてほしいとのこと。

いろいろ一気に頼まれたなあ,と思ったけど離れて暮らしているから申し訳ないこともあるわね。ということで順にやっていったわけです。

1,2,3はもう電気屋に行って,買い込んで,DIYする話なので,暑い中汗はかいたけれども一時間ほどでなんとかできて。4.もどう見てもハードのエラーだったので買い替えることで対応。

結局5に一番時間がかかった。というか終わってない。Windowsの更新が溜まってて,詰まってて,やっている途中にシャットダウン(強制電源オフ?)したことがあったのか,システム的なログが狂ってるんでしょうな。何回やっても失敗して元の状態に戻して,を繰り返している感じ。

しかも最近のupdaterは親切なのかなんなのか,今何を入れてる,どこでエラー出してるみたいなことを調べていかないと見せてくれない仕様になってる。途中で埒が開かんとおもって,更新プログラム診断プログラム(そんなもんあるのか!)というのを入れて対応して,それでもダメで・・・結局OSの再インストールかなあ,というところでタイムアップ,置いて来た。

まあこれで思ったのは,ソフトの問題はハードの問題より大変だってことと,Windowsが嫌いな理由がまた一つ増えたなということです。やれやれ。



社会心理学会,夏のセミナー

社会心理学会大会の翌日,8/30-31で夏のセミナー講師をして来ました。

二日間のベイジアンブートキャンプ。理論編からハンズオンまで,色々やりました。この手のはなしでありがちなことで,今回も受講生のPC環境依存の問題に悩まされるシーンもありましたが,なんとかみなさんにベイジアンへの入り口までご案内できたんじゃないかと思っています。

社会心理学者対象ということで,t検定やanovaの代案としてのベイジアンアプローチを説明し,JASPを紹介したら「あれ?スタンコード書かなくてよくね?」という反応を受け,それを超えて回帰分析%>%一般化線形モデル%>%階層線形モデルと進んで,最後に怖い本から「7人の科学者」や「飛行機の再捕獲」など面白モデリングを紹介するというコースでした。

夜は大会委員の会議や,二次会の下見(謎),受講生との懇親会から二次会と,若手の研究者とワイワイやりました。面白かった〜。

まあでも疲れましたわ。二日間の集中講義ですもんね。喉も足も疲れた。この週末をゆっくりして,次は行動計量学会だー。



疲れやすく忙しい

集中講義と帰省が終わったら、今度は研究打ち合わせからの合宿からの合宿、と言うスケジュールでした。

16日は大学で研究打ち合わせ、17日からは伊東で二泊のゼミ合宿。

小田急からJRに乗り換える時に4分しかなくて、接続をミスったら結構な待ち時間が発生。でもまぁのんびり行こうや、と。

伊東というところは初めて降り立ったけど、思ったより人が少なく、それでいて商店街などはお店もいろいろ。まぁ合宿にちょうど良い感じ。

合宿では2日かけて、割と休みなくコード書き書き。みんな黙々と、と言う感じだったけど、まぁ並行遊びも悪くない。

宿は古く、温泉ではあるがぬるめ、内湯オンリーで、トイレが臭いのだけは閉口した。でもWi-Fiを置いたり、持ち込みに寛大だったりと、これまた合宿向きでしたな。2日目の夜は近所の浜辺の海の家と提携してて、バーベキューができたし。バーベキューはなぜか40分で焼き切る、食べきると言うスピード感満載でしたが。

学生の中には朝起きてこれないものもいたりして、それはそれでまた良し。俺は長居できず、朝から電車を乗り継いで今度は金沢へ。

JR東海からJR東日本(北陸新幹線)への乗り継ぎにまごつくも、何とかなりまして、資料を作りながら金沢へ。長野って結構人が降りるのね。

金沢は、着いたのが19日(日)ということもあってか、観光客でいっぱい!タクシーの運転手さんによると、新幹線が開通してから、小物屋さんまで海鮮丼屋に変わったとかで、まぁ観光バブルなんでしょうな。

ソシオンの研究会会場は「ここは何かの秘密基地か」というくらいの謎のレンタルスペース。元々はインドネシア系のお店だったようなのだが、遊ばせておくのももったいないからレンタルスペースにした、ってな感じ。最近そういうの多いね。

割と昔からの身内チームなので、研究のアイデアを話したり、まだ人前に出せないレベルの話や、裏話的なことができるチームなのでありがたい。先輩に本気で噛み付けるのも楽しいなぁ(スミマセン)。

2日目の御前もきっちりお勉強して、海鮮丼を食べて帰る。帰りの新幹線は左右を女性に挟まれたので、文字通り肩身が狭かった。

大宮で降りて新宿を経て帰宅。半日で金沢から帰ってこれるってのはやはりすごいもんだな。

帰ってからは次の学会の資料作りに追われてます。なかなか疲れが取れないなぁ。一回一回のお出かけが長期化してるからやね。本当に何もないバカンスが欲しいヨゥ。



夏の集中講義

8/6-8/11の間、古巣で2科目30コマの授業をやって来ました。

前半3日は学部の統計。後半3日は院の統計。

初日は記述統計。2日目は推測統計(帰無仮説検定)、3日目は推測統計(分散分析まで)。パソコンを使っての実習もあったので、時折環境違いのトラブルを見ながらも、なんとか。基本は講義なので足腰は疲れるわ声は枯れるわ。ペラック(喉の薬)とサロンパス(寝る前に足の裏に貼る)、そして山大はありがたいことに温泉街にあるので、朝夕温泉で疲れをとりながら乗り切る。

院の統計はベイジアンモデリングを2日、心理測定を1日…のつもりが、コードを書くハンズオンで時間を取られたりして。予定よりやったことは少なかったが、とにかく頭を使って「わかったふりをしない」「考えることを諦めない」を徹底的に。集中講義の間しか見てやれないから、だからこそゴリゴリの授業を。

夜は学生や元同僚、たまたま山口のあたりにいた友人たち?とお酒を飲む機会も。ありがたいことです。

しかし、またやるにしても、今度は少し間を開けよう。2日目、3日目の夕方は頭が回らず、アレ俺何言ってんの?みたいになることあったからなあ。授業する方もされる方も、体力のいるイベントでした。

お疲れ様でした。



ディズニーシーに行きました

こちらに引っ越してきて、初めてのディズニーへ。

首都高を初めて走ったよ。お台場フジテレビの横を通ったよ。

ディズニーまで車で1時間だったよ。近い!

遊び倒して濡れ倒しました。お金たくさん使っちゃったなぁ。

帰りも1時間でしたよ。帰りはレインボーブリッジを走り、スカイツリーの横で隅田川の花火が見え、東京タワーの横をすり抜け、「テレビで聞いたことある街の名前」の高速出口を通過して帰宅。

なるほど、こういう感覚か、と何やら新しい発見をしましたよ、と。

帰宅後、家族がお父さん今日はありがとう、と言ってくれたから、最高の気分で寝ます。疲れたけど、仕方ねえなあ、またお父さん頑張るか。



いたずらっ子万歳

昔読んだ,学研の「からだのひみつ」だったと思うんだけど。

子供達が博士のところに遊びに行って,博士が開発しているロボットがあるんだけど,博士が出かけている間にいたずらして「・・・したらどうなるんだろう,やってみようか!」ってやって壊しちゃう,という話があったのね。
博士は常々,「子どもはいたずらするもの。いたずらするぐらいが元気があっていい」という人だし,子供もそれを知ってて「博士はいたずらっ子はいい,って言ってたから」と無茶をしてしまうわけです。実際に博士が戻ってきてロボットが壊れていても,それを見た博士は「うーん,やれやれ,いたずらは仕方ないけど,んもー」って感じで,怒らないのです。

それって大事なことだな,と。私は今,博士になって(笑),教える側にあるんだけど,時々この話を思い出しては,ゼミなどで「いたずらっ子歓迎」な雰囲気を作らないとな,と思う。

RやStanのコードなんか,コピペでいいんですよ。でもね,コピペするときに,「この文字変えたらどうなるんだろう」「この数字変えたらどうなるんだろう」って,いたずら心を出して欲しいんだよね。変えたところでPCが爆発するわけでなし,「んもー,やれやれ」とはなっても叱ったりしないからね。

俺が初めて自分のパソコンでプログラムを書いたとき,ベーマガのコードを一生懸命書き写してたんだけど,そのとき「CD PLAY 10」というコード(*注1),この10を9に変えたらどうなるのか,ってやって見たのです。多分あれが最初の改変w 明らかに本文に影響しなさそうな箇所だったし,実際それで変わったのはBGMだったんだけども(CDの10曲目を演奏しなさい,という命令文だった),それでも「変えてもそこまで壊れない」という自信を得たし,また「ここは何に関係しているのか?」と考えるようになったきっかけなわけで。

プロットにタイトルをつけるだけでもいい。発生させる乱数の数を増やしただけでもいい。自分が手を加えることで自分のものになるわけです。

ところで,私は大学院には他大学に進学したのだけど,学部の時の先生や仲間との研究も(こっそり?)続けていて,最初に書いた論文は大学院の指導教員に全く見せてないものだった。先輩や同僚とだけでやってて,掲載が決定してから報告に行った。でも叱られることなんか全然なくて,「掲載おめでとう!じゃんじゃん書け!」としか言われなかった。嬉しかったなあ。叱られるのかな?とちょっと思ってたからね。
これも子どものいたずら心と,それを許容してくれる博士(大人)の世界だったのです。だから,自分のラボで誰かが勝手に論文書いてたら,俺も褒めようと思うし,実際きっと嬉しいだろう。研究者は並行遊びをしているだけなんだから,遊び仲間が自立・自律してくれるのが自分の喜びになるのです。

みんな遊べ!いたずらっ子万歳だ!Enjoy!

*注1 初めての自分のパソコンはFM-Townsだったので,CD-ROMが付いていたのです。当時としては画期的なこと。言語はF-BASIC386といって,富士通のFがついてる。CD Play関数は明らかにTowns用のローカルな関数だったよね。



おまえわかってんのか

わかるとはどういうことか

「わかる」とはどういうことか,という問いに真正面から答えるのは難しい。しかし,「わかったかどうか」を検証する方法からみると,ヒントが見えてくる。

「わかったかどうか」を検証する一番よく知られた方法がテストである。テスト理論の基本は,$X_i = t_i + e_i$,すなわちテストの点数,正答誤答,パフォーマンスを表す$X_i$には,真値$t_i$と誤差$e_i$が含まれているというものである。一回のテストで100点とったから,その人の才能が100なのではなくて,本当は90とか120だったかもしれないけど,テストでは測りきれない要素が加味されて100になっている,と考える。

テストで全て測れるものではないし,回答者の調子とか,テスト環境など状況要因もあるだろうから,その分を考慮しましょうということを考えると,このモデルは妥当なものだろう。
しかし,テストでは全てわからない,で終わってしまうのではない。テストを繰り返すことによって,誤差の部分が相殺されて新値に近づくことができる。誤差はプラスだったりマイナスだったりするが,平均は0だと考えられるからだ。だからテストは繰り返されるし,1問,1項目だけで構成されるようなテストはないのである。

つまり,その人の中に本当の知識,能力,理解が存在するのであれば,いくつもの質問や問題に正答したり,解決したりすることができるはずである。さらに切り口を変えていうと,国語であれ数学であれ,あるいは社会問題であれ抽象的な数学概念であれ,ともかくあることを理解している,知識があるということは,それについて様々なアウトプットをすることができる,ということだろう。

私も教壇に立つものとして,何かを教えようとするときは,色々な表現をする。色々な切り口で語ろうとしている。これができるのは,「より深い理解」ができているもの(得意分野,専門分野)があるからであって,それ以外のよく理解できていないものを語ろうとすると,一通りの切り口でしか表現できなかったりする。そしてそれは得てして,初めてその概念を教えてもらった時の,教えてもらい方と同じことをできるだけコピーしたもの,にしかならない。

自分の言葉で表現する,というのは,自分の中に理解したものがありますよ,ということの表明であり,通り一遍の回答しかできないのは「わかっていない」のである。

いつだったか,ネットで見たブログの記事で,成績が上がる勉強法について書いてあるのを見かけた。方法は簡単で,その日学校で教わったことを,自分で再生するのだそうだ。再認ではなく再生。自分の中から,教わったものがもう一度出てこなかったら,そこが理解できていないということ。塾なんかに通わなくても,これだけで東大に合格した,とかいう話だった。そうだろうな,と思う。

自分がわかっているかどうか,を測るためには,色々な言葉で表現しなければならない。できるだけ自分の理解に近い内容を,語弊なく,複数のメタファーや単語で表現できれば,周りからは理解していると評価されるだろう。
再認するだけでは,自分がわかっていることを納得しただけで終わっている。ああこの問題,この式,この言葉,見たことがあるよ聞いたことがあるよ。これでわかっている,と思っているとダメなのである。人に聞かれて(テストされて),答えられなくなる。「そんなことない,本当にわかっている!」と言ったところで,それを確認する方法がないのだから,客観的にはわかってないことと同義なのだ。

そろそろ前期が終わる。試験問題を作っている。できるだけ多くの問題を出してやろうと思う,これは嫌がらせではなくて,チャンスを増やしたほうがいいと思うからだ。色々出題しているけれど,適切な難度の出題は本当に難しいと思うし,切り口を変えて表現するたびに,自分の理解も深まるようだ。

受講生諸君,そんなに心配することはない。わからないことがあるのかどうか,自分の中から表現して見て確認し,わからないなら何がわかっていないのか,を確認すれば良い。自分の説明が詰まるところ,他人にうまく伝えられないところが,わかっていないところなのだ。ただただ「わからなーい,むずかしーい」とのたうち回っている時間は無駄ですよ。究極的には,わからないのは,わかろうとしないから,とも言える。

研究者は執筆業だ。今もいろいろ文章を書いているけれども,なるべく多くの言葉で表現したいとおもう。もちろん本などは筋道があるから,無駄に説明が「とっちらかってしまう」のは避けなければならないけれど,読者にとて理解の道が一本ではないと思うし,それが私の理解して来た道と同じであるとは限らないからだ。これがなかなか難しい。もう一度言うが,研究者は執筆業,作家なのである。

わかる,がどういうことかはわかないかもしれないが,わかった人の振る舞いをみると,わかるとはどういうことかがわかるのではないだろうか。



独り者のハン

ネタバレ注意。

ハン・ソロ、先日見てきました。悪くなかったんですけど、なんかイマイチなところがあって、何かなー、と考えてたら答えにたどり着いた。

フォースがないんだ。

だからただのSF、ただのアクション映画になってたんだわ。フォースの怪しさというか、非科学的な感じが、スターウォーズには重要なんだね。

フォースは偉大だw




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