Kosugitti's BLOG

アンドロイドは正規分布の夢を見るか

この画面は、簡易表示です

2003 / 3月

SDメモリカード

 J-SH52にはSDメモリカードがついている。

 このメモリカードが良くてこの携帯に変えたのだ。この手の、メモリ別売だとデータの編集がパソコンでできるというメリットがある。さらに、この携帯は音楽データ(MP3)を再生できるので、ウォークマンとしても利用できる。もっというと、ボイスレコーダーにもなるし、写真や動画はもちろん撮れるのだ。で、先日喜び勇んでSDカードリーダーと、標準の8MBメモリじゃ足りないので64MBのメモリを購入した。余談だが、メモリースティックなどにデータを保存できる携帯もある。今後はこういう方向に行くんじゃないかな。つまり携帯の小型パソコン化である。なによりも持ち運びできるモバイルPCだもんね。

 さて本題。今日はこのSDカードリーダー経由で携帯データの編集をしようとしていたのだ。携帯は買い換えたのだが、Tu-kaからJ-Phoneにしたので(アップグレードとかじゃないので)、データを手動で入れ替えねばならない。これはどう考えても面倒なので、できるだけやりやすい方法を考えていたのだ。
 最初は、携帯データをUSB経由で取り込むコネクタやソフトを持っていたので、それを使ってみた。ただし、二年以上前の機種には対応していたが、新しいこのJ-SH52には完全に対応していない。電話帳の番号はコピーできたのだが(これだけでもありがたかった。機種対応してない、ということで全然駄目、という可能性もあったからだ)、メールアドレスがコピーできない。携帯のメールは最近どんどん頻度が上がっているから、これでは片手落ちである。
 そこで、SDカード経由でやってみた。フリーソフトでJ-SH51(J-SH52のひとつ前の機種)のアドレス帳データを編集できるソフトがあったから、それをDLし、SDカードのデータを編集。やはりパソコンで(キーボードで)データ編集できるというのはありがたい。携帯でちまちまやるのに比べれば、桁違いの便利さである。小一時間の操作で、Tu-Kaのデータや、それ以外にも個人データをいろいろ詰め込んでみた。満足。

 しかし、である。ここからがイケナイ。こんどは音楽データを入れようと思ったのだ。MP3対応、とあったから、普通にMP3ファイルをそれらしいディレクトリの中にいれてみる。携帯にカードを戻す。再生しようとする。「ファイルが見つかりません」といわれる??どういうことなのだろう?
 説明書やインターネットなどからいろいろ情報をあさってみた。すると、どうもMP3の規格は規格でも、著作権保護ができるデータ形式でなければならないらしい。さらに、SDカードリーダーも、著作権保護機能が付いたカードリーダーでないと、J-SH52が読み込めるファイルを保存できないのだ。なんということだ!

 この著作権保護機能付きSDカードやカードリーダー、およびこの手の規格は、総元締めは松下電器、すなわちPanasonicのようである。私が買ったリーダーはTDK製品。これではできないようだ。なんとも器の小さいことではないか。この著作権保護という思想は理解できる。しかしそれはソフトウェア上でやって欲しかった。それに対応したデバイスやメディアが要るというのは、単純にメーカーの独占を許し、自由競争を妨げるという意味で、善良な消費者にとっても決して利あることではないだろう。

 この後、カードリーダーを買ったヨドバシカメラと交渉して(正確には、交渉は妻がしてくれた。物腰の柔らかい彼女は、こういうときとても有能である)、著作権保護機能付きリーダーに交換してもらえることになったので、一件落着?ではあるのだが。Panasonic、見損なったわ。

 ちなみにこの小さなデバイスのジャンル、つまりSDカードやコンパクトフラッシュ、メモリースティックのジャンルはどこが一番強いんだろう?どれかに統一したらいいのに。素人には細かな違いが面倒すぎますよ。SDカードのように、他のメモリもさらにサブカテゴリ(保護機能あり・なしのような)に別れてるのだろうか?だとしたら勘弁して欲しいねぇ。

 この日は我が家の週末である。妻と私の仕事の都合上、休みになるのが火曜日なのだ。だから月曜日が週末気分。二人で20缶近く酒を飲みました。ので、これを書いているのは実は1日です(笑)



反戦について

 今朝はこっそり家を出た。

 昨日泊まっていった友人夫婦が寝ていたので、こっそり起きて朝食の準備をし、こっそり自分だけ食べてこっそり出ていったのだ。というのも、私だけ朝から用事があったからである。

 後輩君が引っ越しをすることになり、今日はその現場に出向いたのである。お手伝いが主たる目的であったが、私の兄貴がこの後輩君のために本棚を作っていたので、それを手渡す(納品する)のを仲介するという目的もあった(余談だが、兄貴は木箱梱包屋さん。サイドビジネスで本棚や小物入れなどをオーダーメイドで作ってくれるのである)。
 さて、本棚を持っていったはいいが、新しくはいる部屋の、前の住人がまだ引っ越しを終えていないという事態に直面した。ちょっと状況を説明しよう。後輩君が部屋を変えたいと思っていた。また、我々もよく知っている大学の先生が、この春から海外研修にいくので、部屋を引き払おうと思っていた。そこで後輩君は、この先生の部屋にはいることにしたのである。不動産屋さんには「間を開けずにはいる(契約者が変わるだけ)」といって、「その代わりに家賃を勉強してくれ」といったように交渉したのだ。交渉がうまく行ったおかげで、後輩君は格安でその部屋にはいることになったのである。
 ところが、この先生というのがくせ者で、明日か明後日には海外に立つ、また今日は引っ越しをする、というのに全然準備をしていなかったのだ。どうするつもりだったのだろう。我々が本棚を持って新居に行ったら、まだ先生の服や荷物がゴロゴロしていて、とても今から新しく荷物を運び込める状態じゃなかったのだ。掃除もできていなかったしね。
 後輩君や運送業者もあきれ果てたが、どうしようもない。後輩君は納品に来てもらっただけだし、お手伝いをお願いしようにもやることがないので・・・というから、悪いけどさっさと退散させてもらうことにした。その後ちゃんと引っ越しできたのかな?彼。

 私はその後、昨日に引き続いてミッチーのコンサートにいった。ツアーで大阪に二日滞在するミッチーにあうために、妻が二日ともチケットを用意したのである。我々夫婦以外の参加者は昨日とは違ったけどね。今日も今日とて楽しいコンサートであった。ミッチーのエンターテイナーっぷりはなかなか秀逸ですよ。男でも楽しめます。

 それよりも、今日は別のことを考えているのである。
 音楽のコンサートなんかに行くと、MCがあるけれども、このような時勢の時には必ずそのことに触れるのが規範になっているのだろうか?そう、二日とも及川氏は「戦争ってヤだね」というコメントをしているのである。このような光景は、例えば阪神大震災の時には「復興のために歌でなんとか」という感じで、必ず触れる。まぁタイムリーな話題だから、というのが理由のひとつだろうけど。この時期コンサートをやっているミュージシャンのほとんど全てが、「歌で戦争をやめさせよう」とか「ラブ&ピース」みたいなメッセージをステージから投げかけているんじゃないだろうか。
 政治や国際交流、外交に対して音楽が何か言う、なんてことは何ら必然性がないはずである。「国勢のために歌います」なんて話は聞いたことないでしょう。やっぱり「戦争」だからコメントを寄せる必要があるんだろうな。そしてステージに立って、他者に影響を与えることができる立場にある人は、なにかそういうときにメッセージを寄せるべし、みたいな規範があるのだろう。しかし例えば、楽屋裏でミッチーが音楽会社の人に「ライブのコメント中に、戦争反対のメッセージを入れておいて下さい」ってな感じで、イメージ戦略の一環として、”やるべきこと”になってたらすごく嫌だなぁ、という想像をしてしまった。

 もちろん及川氏が本心から、戦争反対を唱えるのはかまわないのである。私が気になっているのは、ステージに立って、他者に影響を与えることができる立場にある人が、無差別に戦争反対を唱えるのは問題ではないかということなのである。とりあえず「戦争反対」というのは、すごく怖いことだと思うのだ。熟慮したが戦争という外交手段を認めざるを得ない、という意見の人と、どんなものでもとにかく戦争は反対、という意見の人がいたら、私は圧倒的に前者の人を支持する。後者の人の方が、確実に何かあったときにコロリと意見を変えてしまい、「なにがなんでも」「理由なんか無く」意見を主張するに違いないのだ。

 もし私がステージ上の人なら、「戦争について考えよう」とは言うかもしれないが、「とにかく戦争反対」とは言わないだろう。まして、自分のことを熱狂的に愛してくれている聴衆の前でなら、なおさらである。

 追伸 読み通り、阪神は二勝一敗で最初の三連戦を終えた。今年はどれほどやるかな?



ベイベ!

 今日起こったことだけを箇条書きにしてみようか。

・関大で勉強会
・梅田でポストペットV3買う
及川光博のコンサート「うたかた」男子の部、参加
・蛸の徹でたこ焼きを夕食に。
揚子江ラーメン「林記」にいく。
・自宅でVF4evo大会

 現在も、最後のVF4evo大会あらため「いぬと遊ぼう」大会をしている。
 ミッチー(及川)のコンサートに友人夫婦と一緒に参加し、そこから彼らと行動をともにしているのだ。彼らは今日京都の拙宅に泊まっていく予定なので、おもてなし?をしている。
 「?」マークがつくのは、彼らも来なれた・泊まり慣れたモノで、勝手にリラックスしていってくれるからである。彼らとは結婚したのが一ヶ月ほどしか違わないし、もともと夫と私が高校時代からの友人であったのだが、妻同士も仲良くなってしまったので、今や家族ぐるみ?のつきあいをしているのである。

 「?」マークがつくのは、お互いに子供がいないからである。お互いに子供ができても、こうやって気楽に行き来しあえる間柄になれたらいいなぁ、と常々思っている。もっというと、子供同士を許嫁にしようか、という企みまである。子供達にとってはいい迷惑だ、と思うかもしれないが、許嫁として決められているというのではなく、そういうチョイスもあるよ、そういう出会いもあるよ、という可能性をひとつ増やしておいてやりたいという気持ちが昔からあったのだ。

 誰しも思うことだと思うが、子供の頃、どうして自分には超能力がないのか、どうして自分には常識的な能力・才能しかないのか、と思ったモノだ。何か特別なモノがあれば、人生はもっときらめいたモノになっただろうに!才能が無理でも、環境、そう例えば、許嫁とかがいれば、それだけでドラマチックになったはずなのに、両親は何をしていたんだ?と思ったりしませんでしたか。
 僕は思いました。

 期せずして、ありがたいことに、そういうのがなくても結構ドラマチックな人生になっているとは思いますけど。

 今日は特にオチの無いまま終わる(いつもあるわけではないが)。
 だってまだみんな遊んでるんだもん。



まってました!

 開幕戦は落としたようだが、これは私の読み通り。私の読みでは、明日から二連勝である。

 今日は先日袋詰めした資料を、学生に配布するバイトの日である。
 このバイト、「教学補佐」という名称がついているのだが、要するに大学の事務手伝いである。大学院生が大学内でできるバイトで、試験監督や入学式、卒業式の生徒誘導、履修や書庫の受付などをする。学内でできることと、高給であることから、みんながなりたがるバイトである。
 私はこれを、M2の時からやっている。おかげで生活はだいぶん潤った。普通の大学院生に比べれば、かなりリッチな院生生活を送れたのだ。結婚資金も貯められたからなぁ。
 そのバイトも今日で終わりである。学生が学生証と引き替えにもらってきた「学生情報カード」を我々に提示すれば、そこに書いてある学生番号を元に、成績表などが入った袋を渡す、単純作業である。単純作業で、ともすれば退屈になり勝ちなんだが、「これでバイト納め」と思いながら、気を奮い立たせてやった。

 しかし最近の学生は質が落ちているな、と思った。態度が悪いとか、挨拶をしないぐらいは許すが、漢字およびその意味がわからんというのには辟易した。学生情報として、家族の氏名を書く欄があったのだが、そこに「就学している家族」「自分を除いて就学している家族」と書いてある。この「就学」の意味が分からない、と聞いてきた学生がいたのだ。「これは学校に行っているご家族の方がいれば、ここに書いてもらうのですよ」と教えたら、書いてきたのは「就学している家族」の欄に、両親、兄妹の名前を書いてきた。「君のところは、ご家族全員学生さんですか?」と聞いたのは言うまでもない。

 帰宅して、4年間働いた自分のためもあって、乾杯した。
 体調は完全復活。なにかに当たっていたのだろうな。でも完全復調ですよ。どんどん飲めるもの。



復調祝い

 晩酌ができるぐらいに復活した。

 とりあえず問題はなさそうである。朝から妻に「病院に行け」とも言われたが、それほど苦しい何かを感じないので、後はほっておいたら治ると思っていたが、案の定別に薬を飲まなくても元気になった。朝ご飯が遅かったので、お昼御飯は抜いたのだが、おかげで夕食が早く欲しくなってしまって・・・元気になった証拠であろう。

 今日は一日、家事をしたりゲームをしたり(現在某ゲームで7段まで昇格)、英語の論文を邦訳したりとぼちぼち忙しい一日を送っていた。そうそう、小一時間昼寝もした。
 昼寝したときの意外な出来事。生まれて初めてのことなのだが、目を閉じて少ししたときに、パァン!という音が頭の中で鳴り響いた。驚いて目を開けたが、別に世界になにもなかったようである。頭の中で鳴り響いたという感じがはっきりしているので、外で大きな事故があったとかいうのでもない感じ。なんなんだろう?神様でも降りてきてたのかな?
 うすくキィィィンと耳鳴りってのは知ってるし、ライブなんかにいって夜になっても音が頭から離れないって経験もある。ただ、一瞬、すごい音が鳴り響くってのはなんなのだろうか。ものすごくびっくりしたが寝直した。

 一日の出来事であまり書くことがないので、時事ネタを。
 アメリカのイラク戦争。長引きそうですなぁ。始まってしまえばアメリカ支持しかないと思っていたんだが、このままフセインを殺せないまま終わって欲しいね。アメリカは己の増長に気づくべきなのだが。それにしてもテレビでアメリカの高官が面白いことを言っていた。「この戦争で負傷者が出た全ての責任はフセインにある」と。よくもまぁそんなことが言えたものだ。馬鹿馬鹿しくて開いた口がふさがらない。
 それよりも困ったのは、イラクの隣の国、ヨルダンでは北朝鮮支持が高まっているらしい。なんでもアジアで唯一アメリカに対抗している国であり、現在も唯一アメリカに対抗して軍事力を増やしていく力がある国なんだと。たぶんアジア人にとっては中東の油田よりもお近くのあの偉大なる将軍様のいかれ具合の方が重大事。小泉さんのアメリカ支持はここが原点のようだから。今日来た小泉さんからのメールマガジンにしっかり書いてある。「アメリカは、日本への攻撃はアメリカへの攻撃とみなすとはっきり言っている国です。日本への攻撃は自国への攻撃だと言っている国はアメリカだけです。このことが日本を攻撃しようと思ういかなる国に対しても大きな抑止力になっているということを日本国民は忘れてはならないと思います。」

 ま、事実なんだけどね。
 それにしても、国連がもう少し立派にならないといかんな。



八割ぐらい回復

朝の目覚めは爽快、というわけには行かなかったが、身体は元気なのでサボる理由が見つからなかった。

 胸がやっぱり気持ちわりぃのであるが、これは普段の飲み過ぎor食べ過ぎ状態だといえるレベルにまで回復している。平静時にも特に苦しいことがないから、かなり回復はしていると思う。
 それでも食べるものにはやはり気を使っていて、朝ご飯は牛乳一杯、お昼はおにぎり二つ。夜は妻が雑炊にしてくれた。感謝。
 とにかく何にでも寝るのが薬だと思っているので、夕食後眠気を感じたからそのまま横になった。食べてすぐ横になるのは牛になるというが、胃腸には食休みが結構いいという話を聞いた気もするので、それに従ったのだ。すると小休止のつもりが3時間以上の睡眠になってしまった。今夜眠れるのかにゃー。
 ともかく、明日は在宅研究日なので、もちろん研究もするつもりだけど、体調次第ではさらに寝まくって完全回復を目指します。

 今日は暖かな一日だった。登校すると後輩のK君が「もう春ですよ」という。どうやら私の格好が厚着過ぎると思っているようだ。彼はこう言うことで「私は季節感あふれる良い男ですよ」「私は季節の細やかな変わり目にも気がつくデリケートな男ですよ」「ちょっと気がつく小粋な男ですよ」ということをアピールすることを狙っているので、彼の気分を害さないよう「そうですか。僕なりに努力したのですが」と言っておいた。会話だけ聞くと意味がわからん、適度にダサイ返しができて良かったと思う。

 今日は来年度の学生のため、配付資料を封筒に詰める作業。全部で2500人以上の学生に、来年度の時間割や履修要項、健康診断の案内などの書類を封入していくのだ。これがただただ単調作業で、机の上に置かれた六点ほどの資料の周りをウロウロ回って封入、というおよそ大脳新皮質を刺激しない作業である。中腰になるから腰が痛くなる。こりゃ今夜はバブだな、と思いながら後数回になったこの事務手伝いのバイトに精を出しますた。

 予定より半時間ほど早く終わったので、ずっと気になっていた書類作りもできた。昨年度奨学金をもらっていたのだが、それをどのように使ったのか、私用報告書を大学院課に提出しなければならなかったのだ。困ったことに、2002年4月1日に、来る2003年3月31日〆切の報告書用紙を渡されていたのである。まる一年先の〆切をもつ書類なんて、渡されると大変だ。忘れてしまうんじゃないか、無くしてしまうんじゃないかとドキドキもんなのである。さらに日々研究しながら、報告書に書けるようなものができなければマズイな、なんて妙なプレッシャーがかかってしまう。
 研究内容はそれなりに書けたが、さらに困ったのは「奨学金使用用途」の欄。結構スペースが空いているのだが「学費」で全額飛んでいったので、そうとしか書きようがない。本当は「学会発表(移動費)」とか「調査旅行」、「パソコンパーツなど消耗品」など、それっぽい研究項目があったほうがいいんだろうけど、ウソを書くわけにも行かないからなぁ・・・。

 ところで、胃が痛いと思っているとアレビの症状があまりでない。ここにきて「アレビ薬で胃が荒れた」説が自分の中にできてきた。最近は胃の薬を主にしているので、アレビ薬を飲んでいないのである。あの薬がかえって悪かったんじゃないか、やっぱり俺はアレビじゃないんじゃないか・・・などと考えながら生きています。要するに適当な仮説を考えて生きていくのが楽しいだけ(正真正銘の社会心理学者)。

 追伸 ご贔屓だった深夜のテレビ版組、「BBパイン」が本日終了とのこと。最近公開収録の応募が出ないからおかしいと思っていたんだが。いい番組だっただけに、残念である。



眠り薬

 まてよ、犯人は昨日の朝のおつけものか?!

 この謎の体調不良と今日も闘っている。
 風邪説や肩凝り説、焼きそば説、牛乳説など犯人を特定する仮説はいろいろ出るのだが、今日新たに気づいたのが、昨日の朝食で食べた野沢菜である。
 お漬け物って時間が経つと美味しくなくなるし、味がしみこみすぎて変な香りがしてくるが、どこらへんから味が濃くなっているのか、ヤバくなってきているのかの見極めが難しい。昨日朝食で、少しだけ残った野沢菜を「うーん、ちょいと味がかわっとるな〜」と思いながら食べきったのである。それが犯人かもしれない。今日記を見返したら、7日付けの日記に「納豆が食べられるようになった」という話がある。この日の前日に買ってきた野沢菜だから、開封後二週間経っていたわけだな。うーん、あやしい??

 ともかく、昨日は日記を書いて風呂入って、すぐに寝たのである。
 寝たときは寒かったが、真夜中にやたら暑くなって服を脱いで寝直した。そのときは風邪で熱でもでたのかと思ったが、起きたときに測っても平熱。風邪じゃないのかも。
 とにかく例によって12時間以上の睡眠をとったので、肉体的には元気になった。
 ただし、食欲がない。
 食事をせずに肉体が元気だから、こんなに燃費のいいことはない、と例によってポジティブシンキングで生きていくことにした。

 今日は妻も休みだったので、以前から約束していた美術館デートである。
 京都文化博物館で「男も女も装身具」という催しがあり、妻は同時開催の「ふるさとの水の名画展」に興味があったのだ。
 江戸の昔、串、かんざし、こうがい、刀の鍔、印籠、根付など、細かなところに美を求める日本人らしさに感動した。「〜水の名画展」では、水フォーラムを開催した京都ということもあって、京都の町と水を絵にしたものがいろいろ展示されていた。もっとも、一番興味が引かれたのはオオサンショウウオの絵であったが。

 終わったらすぐに帰ってきて、今日最初で最後の食事、うどんを食べた。胃腸が弱っている時って、うどんじゃよねー。



うぇ

 今日は卒業式なので、本来ここにお祝いの言葉を書き連ねる予定であった。

 ところがである。それよりも大変な一日だった。

 朝早かったのだが、頑張って朝ご飯を食べて通学。
 ラッキーなことに、十三まで座って(ねむって)行けたのだが、今日ラッキーだったのはこのときだけである。

 卒業式会場には父母席があるが、主役はあくまでも卒業生なので、父母席のスペースは小さい。ので、すぐに満席になる。今日の私の仕事は、ハンドマイクで「父母席は既に満席になりました。ご父母の皆様方は、別会場の方へお進み下さい〜」とアナウンスすること。
 9時にスタートして11時半頃には終わる、割りと気楽な午前中であった。

 その後は各小教室に移動して、ゼミ担当の先生から卒業証書・学位記授与式である。私も卒論の面倒を見た縁があるので、教室に行って、お祝いの言葉を述べたり写真を撮られたりした。

 この時点で13時頃だったので、朝早い朝食のこともあって当方腹ぺこ。友人を誘って中華料理屋へ行き「焼きそば 大」を頼む。とちゅうから大はおおかったかなぁと思いながら完食。

 その後である。
 謝恩会が18時に神戸の方であるので、院生室に残って勉強をしようと思ったのだが、満腹になったおなかがどうもこなれない。胃が張っているような感じで辛いのである。おかしいな、と思い「体調不良は睡眠不足から」の鉄則の元、院生室のソファで横になること三時間。結構ウンウンうなっていたのだ。このとき既に胃腸の調子がおかしくなっていることに危機感を覚える。
 途中で一度コンビニに行って、太田胃酸かなんかのドリンク剤を購入、一気飲み。結果、変わらず。
 また院生室で寝込むことになる。

 この時間を使ってやろうと思っていた作業がまるでできない。とにかく胃が気持ち悪い。うーん、と思っていたら雨が降ってきた。後輩がタクシーで帰るので一緒にどうですか、という。調子が悪いのでしたら僕の家で時間まで横になっていたらいかがですか?というお誘いを受け、彼の下宿先に向かった。

 どうにも調子が悪い。
 昼ご飯がつっかえている感じである。

 意を決した私は、彼に「タオルを貸してくれぃ」といってトイレに行った。いっそ吐いてしまおうと思ったのである。ノドに指をつっこんででも吐いたら楽になるか?と思ったのだが、便器の中をのぞき込んだとたん、何の努力もなしにぶぉぇぇぇぇぇぇと焼きそばが出てきた(失礼)。あまりにもスムーズに、且つ大量に出てくるので途中で自分で自分の身体の仕組みが面白く(興味深く)なった

 夜の謝恩会は、神戸の一流イタリアレストラン。高級居酒屋のようなところなら、お酒を控えて食べるのも控えて、と思っていたが、コースで順に出て来るのである。ウェイターさんが「お口に合いませんか?」と聞いてくれたが「スイマセン、体調悪くて死にそうです」と連邦の吉野さんのような負け台詞をはきながら、皆の箸が進むのを見ていた。
 美味しそうだった。
 今度は自腹できてやる。

 追伸 原因として考えられること。1.コーヒーで胃が荒れた、2.肩凝りが激しい、3.不規則な生活(睡眠不足含む)、4.昨日飲んだ賞味期限ぎりぎりの牛乳。心当たりが多すぎる。数日養生します。



K+G P

アキラが使いやすくなったような気がする。

 今日も朝から学会に行ってみた。特に聞きたい話というのはなかったのだが、後輩の発表もあるし、今年から新しく企画された「院生セッション」というがどれぐらい受けるものか興味があって顔を出してみたのだ。もちろん近いというのが最大の理由であるけれども。

 後輩の発表は、ボロを見つけて後でいぢめてやろうと思っていたのだが、期待以上によい出来で、声も通っているし客も多かったし、よかったんじゃないかな。後で聞いたところによると全体討議で質問がたくさん出て、受け答えがうまく行かなかったところもあったようだが、言い換えれば彼の研究にまだ問題があるってこと。これはそこを改善さえすれば良いというポイントの指摘なんだから、そういう意見が聞けたのはいいことである。

 「院生セッション」という企画は、院生が指定討論者に高名な先生を指名できるというもの。どんな雰囲気なのか、顔を出してみたが、客のほとんどが院生であると見受けられた。敷居が高いと感じられる先生を指名できるという発想は面白いが、よく考えれば学会がレベルの高い・低いを気にしてたらあかんよね。偉そうな先生でも、学者として腐っていたら尊敬しなくて良いのだ(極端な話)。多くの「高名な」先生方が参列していて、積極的に院生を指導してやろうというノリなら、来年ちょっと名乗りを上げてみるかな?とも思ったが、どうやら院生に指名された先生方以外は出席していない。結局敷居は高いままなのであった。果たしてこの企画、第二回はあるかな?

 昼は指導教授と一緒にランチを取って、帰ってきた。午後からは特に見たいものがなかったのである。
 おかげで最近サボっていた家事をすることができた。

 先週は二日ほどしか家で寝なかった。妻より院生仲間の顔の方をよく見たぐらいだ。
 明後日からは普通の日常が戻ってくる・・・と期待したい。

 (明日は卒業式なので、まだ非日常なのである)



オップンカッフェ

なんだか「ッ」が多いよ。というのはブラザーズのネタより。

 今日は学会発表の日で、朝からいそいそでかけていったが、何しろ会場が近い。
 いつもは地方(東京とか九州とか)でやるんだけど、今回は京都。京都駅近くにあるキャンパスプラザ京都という場所だから、自宅からすこぶる近い。会場まで一時間かからない場所なんて初めてだ。あまりにも近かったので、会場が開く前に着いてしまった。仕方がないので最寄りのコンビニで立ち読みなどして時間を潰す学者の卵。

 さて、午前中に発表を終えたのだが、午後から興味深いセッションがない。無いことはないんだけど、時間があいてるのである。12時に発表を終えて、強いていえばこれかな?と思うヤツの発表が16時からなのである。いつもなら「他に行くところもないし」とおもって何とか時間を潰すのだが、今日は「帰って昼寝できるなぁ」と思ったので、その気持ちに素直になってみた。すなわち、発表が終わったらさっさとケツ巻くって帰ってきて(失礼)、布団に入ったのである。学会会場滞在最短記録かな?

 みなさんご存知の通り、この数日はスケジュールが詰まっていたので、思った以上にごっそり眠れた。
 さらにタチが悪いことに、夕食後も眠ってしまったのである。晩酌が効いたねぇ。愛らしい妻の「爆笑オンエアバトル始まるよ」の声で目が覚めたのは、深夜0時であった。

 今日の爆笑オンエアバトルはスペシャル版で、年度チャンピオンを決める日である。
 昨年度トップを取っていたハリガネロックは嫌いだったので(上手いと思えん)、今年は違うヤツが取ってくれよと思っていた。で、今年度の当初から注目していたアンジャッシュが取ってくれた!彼らの笑いは「芸」だね、と思わせてくれる美しさがあるから好きなのだ。

 ちなみにテツandトモは、芸は芸でも、笑いの芸というより「楽しませる芸」なので、私は区別して評価しています。

 追伸 それにしても、ここ数日のアレビはひどい。薬を飲まないとやってらんねぇ。目もかゆいし。




top