Kosugitti's BLOG

アンドロイドは正規分布の夢を見るか

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2007 / 6月

とりとり亭

名古屋駅から電車で20分ほどいったところに、とりとり亭共和店というのがあって、そこの店長と同じ高校&大学だったことに先日気づいた。

名古屋で学会があり、珍しく懇親会に出たものの、知り合いがほとんどいなかったので、懇親会だけで解散。一人で20時に宿に戻るのも楽しくないので、彼のお店に行ってみた。名古屋大学からは、ぐるっと回っていくので40分ぐらいかかったけど。

先日一緒に飲んでいたときに、店長が真面目な仕事人であることが伝わってきたので、とにかくこのお店に行けばイイものを食べさせてくれることは間違いない、と思ったわけである。プチ食い道楽ですな。

さて、土曜日の21時頃というのは、居酒屋が大変忙しい時間で。「一人なんすけど、場所わからんのですけど」というと「ちょっと満席で・・・」と言われた。あー、そうか、まぁ友人のお店が繁盛してることがわかっただけでもいいや、と思って「そうでっか、じゃあ店長によろしく」と電話を切ろうとすると、「お前かいな、はよそれを言え。場所は何とかするからお出で」と言ってくれた。嬉しいね。

お料理をホールに出すための、ちょっとしたカウンターに急遽、一席もうけてくれた。メニューはなかったけど、何も頼まずにどんどん料理を出してくれる。名古屋は鶏。間違いなく、美味い。肝の刺身なんかプリプリでびっくりした。キュウリのタバスコ和えとか、鶏のわさび和えもお酒にあってGoodですよ。いやー、来たかいがあった。

お店が少し落ち着いた頃、店長が休憩がてら、一緒に飲む時間を作ってくれたので、二人でワイワイ言いながら飲む。
終電間際まで、お世話になりました。料金的にもサービスしてくれちゃって・・・。今度は大勢で、ちゃんと予約取っていきます。ゴメンナサイ。

結局、信じられる人がいれば、失敗はないわけで。幸せなひとときを過ごさせてもらいました。

皆さんも、是非このお店に行って下さい。ハズレなしです。
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ラン、ランララランランLAN

ゼミ指導。無線LANを用意したのだが、設定がまずかったせいか、学生誰も接続できず。
仕方がないので、数名有線でつなげてたどたどしく授業。教材?の準備不足ですな。タドタドしい授業になってしまって、反省。
その後設定を色々いじるも、うまくいかず。後日自分のノートPCで確認するか。

そういえば、帰っていったTORAJIですが、また戻ってこれるそうです。そういう制度があったそうです。本当は返さなくてもよかったのに、縦割り組織のせいでフォーマットしちゃいましたよ。まぁ、帰ってきてくれることは何より嬉しいです。

夜は「教育実習お疲れ様でしたコンパ」でした。

あしたから名古屋で学会です。行ってきます。



レヴィンというひと

レヴィンの心理学に対する熱望は心理学が真の科学になることであった。そうするためには心理学的概念の形式的体系とそれに対応する定義を発展させることが必要であり、また、全体として、心理学の経験的事実を適切に取り扱えるような法則を開発する必要があると彼は確信していた。そして数学、とくに「空間」の抽象的概念を扱う専門分野は、心理学の理論を考えようとするものにとっては欠くことのできない道具を提供してくれるものと信じていた。

ドイッチュは「心理学に幾何学のひとつを応用しようというレヴィンの創造性の強い企図の暗示的な価値を無視してしまうのは愚かなことだろう。レヴィンは物的科学のために発達してきた数学の公理とは違った公理を基にして作られた新しい数学が必要なことを指摘した。彼は、心理的空間をあつかうのに適した幾何学を用いて解明されるような性質をいくつか示唆しており、また、そのような幾何学を発達させるために皆がもっと興味を持つことを進めているのだ」と言っている。

カートライトは(中略)こんな事を言っている。「レヴィンの数学に対する態度には強い相反感情の対立が見られる。すなわち数学の持っている厳密さには惹かれるのだが、彼のいわゆる『未熟な形式化』に対しては恐れを持っていたのである。彼は、数学を用いるのが便利だからと言って、数学でなければ心理学の理論の真意を伝えないとは考えたくなかった。(中略)彼は自分のトポロジーの使い方が、数学の立場からみれば全く素朴な形のものであると言うことには十分気づいていたが、そうした批判はおそれていなかった。彼は、やがては彼の思うところが現実化されるようになることを確信していた。」

フェスティンジャーは言っている。「私たちは統計についてはずいぶん早くから論じ始めていました。彼(レヴィン)が統計学を好かなかったのは、統計学が彼にとってどんな役に立ちうるかについて彼の側に誤解があったからだと思います。彼は統計を、体系的な理論無しに集めることのできるデータと同一視していたようですし、また、個別の事例は統計的分析によってその特徴を失ってしまう者と感じていたようです。」

いずれも『クルト・レヴィン』望月・宇津木(訳)より。
ついでにウィキペディアからだが、少し引用。

位相空間(いそうくうかん、topological space)とは、数学において、集合に要素どうしの近さや繋がり方に関する情報(位相、topology)を付け加えたものである。この情報は関数の連続性や点列の収束といった概念の源といえる。ある集合に位相を与えて位相空間とみなすことを、しばしば「位相を入れる」という。



対応因子分析?

システム論のことを考えていたら、表題にあるような分析法を思い至った。

一人のデータからでもItem×Res.のクロス集計表ができるわけで、これを双対尺度法*1すると、Itemと反応に適切な連続体としての数値を割り当ててくれるはず。回答が名義尺度でなく、順序尺度ならクームスの展開法を使う。

ここで、Itemの数値を無視し、resの数値をItemに対する反応量だと考える。これをN人分すると、Ss×Itemのマトリクスに、連続体=間隔尺度水準のデータがあるので、Item×Itemの相関係数を出して因子分析することが可能になる。

これもカテゴリカル因子分析のひとつの方法として、いいんじゃないか?

順序尺度反応からポリコリック相関係数を出すというのは、要するに順序反応も確率変数の表れとして捉えるわけで、その背後に正規分布を仮定するわけですが(ML推定するのだから)、この方法だと母集団に依存しない数値化ができているわけだし、相関係数を取るので相対的尺度値しか得られていないことも問題にならない。

項目に割り振られた数値を捨てるのは勿体ないような気がするんだけど・・・。

こんなこと、誰か思いついてないですかね。多分どこかにあるんだろうけど、流行ってないのはなんでだ。

相変わらず俺の悩みは相談相手がいない。

*1:数量化三類というより、双対尺度法。対応分析というよい、双対尺度法。



昨日の日記

昨日の日記を見ると、どうにも誤解されそうだとおもったので、補足。

英作をしていたのだが、私がmissspellをmissspelとmisspellしたのであって、それをエキサイトが律儀に「スペルさん」と訳してくれたのが面白かった、という話です。
念のため。



システム論史

システム論を自分なりにまとめようとしてみたが、どうも良い切り口がみあたらない。
藤澤先生も悩んだのでしょうなぁ。
どうしても、レヴィンの真意が分からぬのですよ・・・。

参考文献:複合システム・ネットワーク論―心と社会のシステム理論 (ソシオンシリーズ「社会・心理」)



何が時代を動かすのか

何が時代を動かすのか―ポスト消費社会の価値観を求めて (ディスカヴァー携書)
何が時代を動かすのか―ポスト消費社会の価値観を求めて (ディスカヴァー携書)

今がどういう時代であって、今後どういう時代になるのか。すでにどこかで書いたとおり、私には先見の明がないので、気になっているけれどもわからない。ので、社会学や経済学、政治学や世論をみながら勉強しています。

ただ、多くの書物はペシミスティック*1なんだよな。昔は良かったとか、今の若者はどうこうだとか。そりゃフリーターやニートばかりで、凶悪犯罪ばかり引き起こし、ケータイでしか友達の出来ないゲーム世代かもしれませんけどね、それでも僕たち若者は、外界に適応しようと生きているのです。

ちなみに、フリーターやニートばかり、という言説は間違いです。
最近凶悪犯罪が増えた、犯罪の低年齢化だ、というのも間違いです。
いずれもちゃんとデータを分析してない、センセーショナルな言いがかりです。
詳しくは、反社会学講義でもみてください。

ゲーム脳というのは似非科学です。マイナスイオンに効果があるのというのと、同程度かそれ以下の似非科学です。ウソだと思う人はちょっと調べてみてください。肯定派・否定派のどちらがデータに真摯に向き合って、感情抜きでまじめに考えているか、判断してみてください。

話が横道にそれた。

いずれにせよ、どんな話題でも正・反両方の意見を聞かねばならぬと考える私としては、オプティミスティック*2に現代様相を捉え、感情はもちろん特定の思想*3を抜いて、考えるヒントをくれるものがほしいのです。

この本は、最初タイトルを見て、どうかなぁ、と思った。カバーデザインは悪いと思うし、中身はややペシミスティックだった。しかし、書いてあることはある程度納得できることであった。いい本だと思う。

その理由は、まず筆者が「これは個人的な考えによるものです」という点を強調していること。自分は自分の生まれた世代、社会から抜けられるはずもないので、異論はあるだろうけど、私はこう分析している、という。第二の理由、「タイトルは出版社が考えた。驚いた」という点(笑)なるほど、たしかに目を見張るタイトルですが、本意ではないのですか。そうですか。第三に、ちゃんと未来への建設的発言をしていること。現代社会に悪態だけついて、「じゃあどうするの」という問に答えない評論家が9割以上の世の中で、これは素敵な(実は当然の)姿勢だと思う。

80年代〜2000年代を分析している箇所については、共感できないこともある(だって俺らはその環境でやってきたもの。適応してきたもの。それが悪いといわれても。)が、まぁそれはいい。国家、マスコミの正しいあり方について提言する、まとめの箇所が説得的である。*4
最後の方に出てくる「民主党は本当に頭の悪い政党だと思う」という台詞も気に入った(笑)

みなさんも、社会のことについて考えてみよう、と思ったら、是非この本を読んでみてください。

*1:悲観的

*2:楽観的

*3:保守でも共産でも。右も左も。

*4:正しいかどうかはわからない。ただ、私には正しい考えだと思われた。



にちようび

おかいもの。おひるね。公園であそぶ。

夜になって、子どもが寝静まったのを見計らってから、最後のお部屋片付け。
文庫本を本棚に並べる。PC周りのケーブル類を整理する。

ゴソゴソしていた我々が悪いのだが、娘が起き出した。
一度開いた目は、真夜中まで再び閉じられることはなかったのでした。




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