Kosugitti's BLOG

アンドロイドは正規分布の夢を見るか

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2008 / 2月

あかん

昨日、この日記のカテゴリに、急に「数学」というのができたでしょう。
あれ、全く意図したものではないんです。ぼーっとしながら書いていたら、勝手にカテゴリ名をつけちゃってた。はてなは新しくつけられたカテゴリをそのまま採用してくれるので、新設する手間はないんだけど、そのせいでうっかり増えてしまいました。

とまれ、これが花粉症アレビの困るところなのです。

ボーッとして、ものを考えることができない。商売あがったりです。

昨日から行列演算を考えていて、何となく答えがみてきたんだけど、それを手計算することができないのです。
プログラムを書くというのはかなり注意力が要る作業なので・・・。

仕方がないので、文書の校正とかレイアウト・デザインのような感覚でできる仕事を優先してやってます。

それにしても、今日から飲み始めた薬はアカンなぁ。効きが弱いし、ボーッとするし。お昼を回ったら眠気も出てきたわ。
4000円もしたのに・・・。



標準誤差推定

数値は出たのだけど、その標準誤差を推定したい。推定する方法も、ちゃんと論文に書いてあるんだけど、論文の表記法が意味不明。
行列の表記なんだけど、要素に(エレメントワイズに)書き下したいのだが、その正体がわからないのだ。
行列だから、前後の関係からなんとかサイズはわかったんだけど、途中で意味不明になる・・・

誰か行列の読み方を教えてくださいorz



痛恨のサインミス

昨日ふと思いついて、プログラムを見直したら、バグが見つかりました。
それを直したら、ちゃんとポリコリック相関係数が算出できました!ばんざーい。

サイン関数を間違えていたのだ。サインといっても三角関数のsinではなくて、符号を取り出すsgn関数。数値計算の業界ではよく用いられるのだけどCの標準ライブラリには入っていない。簡単に作れるんだけど、面倒なのでネットで検索して引っかかったやつを使ったのだ。が、これがまずかった。返す型がint型だったので、double型の計算式の中に組み込むと0になっちゃうんだな。ご丁寧に式全体をキャストしてあったので、見つからなかったわけです。ちくしょー。

とりあえずうまく出たので、続いて方程式を解くアルゴリズムを考える。ニュートン・ラフソン法がいいのはわかっているんだけど、微分方程式を導出できないので、わかりやすいところで二分法にしようと。戸川先生の本を読むと、それより効率の良い割線法(Secant法)というのがあったので、それを使ってみる。瞬時にできたし、収束スピードも抜群。よしよし。

しかし、すぐ次の壁にぶつかるのであった。



あかんがな

今日は午後から出勤。自宅で軽い目の昼食をすませて。最近は食事量を落としているし、少なくても満足できるようになっている。
が、学校に着くと、私の分の弁当が届いている。

ありゃー。

実は、いつも注文をお願いしている方がインフルエンザでお休みだったので、ここ数日は弁当がなかったのだ。当分お休みされるだろう、と思っていたら、今日から復帰されておられました。で、いつもの通りお弁当を注文していてくれたらしい。

普段なら、その辺を歩いている学生をつかまえて「食べてよ」と言うのだが、今は春休みで学生がいるわけもなく。

食べました。こんな日に限って、揚げ物のボリュームたっぷり系。

意外。食べられるモンだね(笑)意が小さくなったのでは、と思っていたのに、余裕はあったようです。空いた場所に詰めないような食事にしていたのだが・・・。

夕飯、減らすか抜くかしよう。



煮豚の味

豆板醤+甜麺醤の炒めスープで味付けした煮豚、食べました。
感想としては「これはこれでアリ」、ってところかな。

いつもの醤油煮込みだと少し味気なく、今回の煮込み方だと少し醤油っけが欲しくなる。

ということで、次回は豆板醤+甜麺醤を炒めた物に、醤油を足して煮ることにします。
味が濃くなりすぎるかな・・・?



パソコンと話す人

登校(出勤)して、まず真っ先に文房具の購入。これも大学文化だな、と思わされるようなことあり。

その後はまじめに原稿を書いてました。

しかし、喉が渇く!アレビの薬を飲んでいるからです。
眠気が出るタイプじゃないみたいだけど、喉が渇く渇く!!
コーヒーだとかペットボトルのお茶だとかを、ほぼ飲み続けるような感じ。

原稿に煮詰まったので、近所のスーパーまで歩いていってアレビの薬を買う。薬って高いよなぁ。2箱で4000円もしたよ。これで10日分なんだから、いやんなっちゃう。

午後はSkypeで後輩とディスカッションをしながら原稿書き書き。
途中で火災報知器の検査の人や、学生が研究室に来るも、Skypeを止めずにいました。

するとどうでしょう。「コンピュータと話をしている人」というレッテルを貼られました(笑)
ハンズフリーで通話できるのって便利なんだけど、やっぱり端から見ると変な人みたいなんだな。

夜帰宅後まもなく、薬が切れてきたので追加で飲んだが、効き目が悪い。妻曰く「薬に慣れたんでは」ということ。もう、か。鼻が詰まると物が考えられなかったり、明らかに手足が誤作動するのだ。これは・・・やれんなぁ。



一分間でわかる

「一分間でわかる深イイ話」という番組が始まりましたな。
あの話のミソは、一分間というところにある。

本当に大事なのは、一分間しかない話から、どれほど重要な情報を取り出すことができるか。
あるいは、informationに対するexformationの問題。
「圧縮に際して、捨てた物の大きさが情報量」なのです。(「ユーザーイリュージョン」)

この番組が始まったのをみて、あるいは「あらすじでわかる名作」みたいなテレビ番組が始まったり、「この○○がすごい!」という本の案内本が出たりするのを見ると、今の社会ってのはどんどん加速していってるなぁと思うし、そのことに対して危惧するのです。

俺は昔から、自分の人生を因子分析のように考えて、エッセンスは何か、要するにどういうコトか、どうすれば「一を聞いて十を知る」ことができるか、ということばかり求めてきた。因子分析にはまったのも、こういう思想的嗜好性があったんだろうな、とよく思う。

で、三十路を迎えた頃になってやっと、そればっかりが大事ではないな、と思えるようになってきた。
適度に複雑であるとか、適度に手間がかかるとか、即効性はないけど手続き的にわざと面倒にするとかいったことの価値を認めるようになってきたのである。

例えば今日の大学入試試験監督にしてもそうだ。あんなもん、手間がかかることばっかりである。一回の試験をする度に、例えば10人しか受験生がいない試験会場に20部問題を持って行くとか、解答用紙を10枚数えるだけなのに、複数人で確認するとか、確認している姿を横で見ているとかw
「そんなの効率的じゃないから、もうさっさとやってしまえばいいじゃない」と思いがちなんだけど、わかっていて敢えてそういうことをする大事さ。

そういうのが、やっとわかってきた。

テレビで一分間のいい話を聞くというのは、エッセンスだけを抽出することである。そのプロセスとか、面倒な道筋をいちいち味わったりしないということである。ではその、面倒な道筋は無駄なのか?いや、そうではなくて、回り道することも重要だし、それらをふまえてこその味わいがあるんじゃないか。

ロシア文学なんか、回りくどさの固まりだ。最近好きなんですよ(笑)

社会が加速して、エッセンスだけわかればいいやってコトになったら、味わいの大部分が失われるような気がしてならない。無駄なこと、回りくどいことを全部やりながら歩みを進めるのが大事。

そういう思想を中心においた社会工学を作りたいもんだ*1

もっとも、この考えに至ったからといって、だからおまえの(以前の)短絡的な考えは駄目だと言ったんだ、という批判は当たりませんよ。

極端に短絡的な思考パターンというのをある程度やり続けたからこそ(青春のほとんどはそうだった)、今のこの考え方に至ったのであって、そういう意味では必要なルートだったのだ。
少なくとも私にとっては。もちろん、未だに嗜好の半分以上は、因子分析的である。

それをふまえて、ちゃんと前に進もうと思う。

*1:そういう意味もあって、私は参議院を無くせという意見には反対です。あれはわざと面倒な機関として残すべきものだ。




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