Kosugitti's BLOG

アンドロイドは正規分布の夢を見るか

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2011

仕事納めと今年の俺的10大ニュース

世間様より数日早く,仕事納めしました。明日,明後日は年休をいただいております。

早めにやるべきことをやっつけて,夕方前には研究室の掃除。いらない書類やゴミを処分!
言い訳じゃないけど,年末年始は卒論,修論の相談でメールが来たりするからね。休んでいるようで休んでないのがこのお仕事なのさ。休みの間に時間を見つけて,本の原稿をかかないかんしなぁ。

さて,今年も色々ありました。色々な人と知り合いになり,色々な人と関係が濃くなったり薄くなったり。学ぶことも多かったような気がします。

恒例の,自分にとっての今年の10大ニュース。今年はこんな感じです。

  1. 9月の10連泊学会シリーズ
  2. 7月のトルコ出張
  3. MacBook Airの購入とMacへの乗り換え
  4. 留学生の受け入れとそれに伴う外国の友人増
  5. 学生指導…!
  6. 長女,小学校に入る
  7. 末子が低体重と診断される
  8. 師匠の退職記念パーティー開催
  9. 研究室の移転
  10. 九州新幹線に乗ったよ

いやー,やっぱりあの9月だよ。あれが一番でかいね。
一回の学会じゃなくて,応用心理学会,行動軽量学会,日本心理学会,日本社会心理学会,連携研究会のハシゴで,お金も使ったしお酒も飲んだし,いろいろ頭を使って人とも話して世界が広がった。業績もそこそこ稼いだけど,所詮学会発表レベルだからな。逆にその準備に追われてじっくりモノを考える,という時間が取れなかったのがマズい。結局,論文を書いてないんですよ。書くべきネタはあるんだけども,なかなか手が動かせられてない。早くしないと,と焦るんだけど現実的に時間がなくて。

いやいや,言い訳やな。来年こそちゃんと書こう。誰か,賭けしませんかw

トルコでの見聞もよかった。どちらかというと,日本を離れたのでリフレッシュしたという感じかな。おいてかれた家族や学生には迷惑をかけたけれども,命の洗濯ができたよ。

Macユーザーになったのもでかい。というか,11月の定期アップデート以降,メインマシンがまともに仕事しないんだもの。
実は今日も,とあるメールを書き終わったらフリーズしたのですよ。大事な仕事メールを済ませた後だから良かったようなものの,全く仕事にならない。掃除中は放置しておいて,よし,直すかと思って電源入れたら動く。今のうちにバックアップをとろうか,として何気なくSkypeを動かしたらフリーズなんだもん。もう使えねぇと思った方がいい。多分,物理的なエラーだろうな,あそこまでいくと。
一方で,MacBook Airにキーボード,マウスをつないで使う使い方が快適。ほとんど苦労することなく作業できるようになった。ここでいう苦労というのは,イメージした通りにマシンが動かせるっていうことです。ウィンドウズマシンの場合は,したいことをMicrosoft流に表現する方法を学ばなければならないんだけど,Appleのマシンは基本的にマニュアルがいらない。イメージ通りに動く。これはありがたい。
もちろん,アプリやファイルの互換性がないことで悩まされるんだけど,不愉快の種類が違うからなぁ。

留学生の受け入れは,実際自分は何もしてない。TAの学生さんにほとんど丸投げみたいなところです。TAがオープンなキャラクターで助かっている。留学生の彼女には,とにかく日本で楽しい思い出を作って帰ってもらえればいいと思っている。何を学ぶかは本人次第でしょう。受け入れ教官としてできることはむしろ,環境のサポートぐらいですよ。学びたいという専門も違うからね。むしろこちらがいろいろ勉強させてもらいましたわ。

学生指導については,一言では言えないなぁ。いろいろな学生がいて一概には言えませんが,とにかく,距離感が難しいよね。俺はどうも,学生を好きになってしまうんだなぁ。好きになって,身内みたいなものだと感じると,評価が甘くなったりする。それを時折ただそうとすると,相手にとっては急にキャラが変わったと思われるのかなぁ。もちろん,頭ではわかっている。我々は仲良しこよしではなく,指導する側とされる側と言う仕事上の関係であって,プライベートな関係じゃないからね。ま,その距離感の作り方が人それぞれなので,うっかりするとこっちが振り回されてしまう。
学生指導は大事な仕事なんだけど,それと同じかそれよりちょっと重要なぐらいのポジションに,自分の研究をすること,があるわけですよ。自分の研究とのバランス,という意味でももうちょっと考えないと。仕事/指導/家庭の比率っていうかなぁ。

後はまぁ,家族のこととか。これは毎日の出来事なので,特筆すべきことがないようでもありつつ,日々最も重要な問題であったり。長男は特に問題を起こすようなことはなかったけど,毎日結構手を焼いているという意味では主要な登場人物だしな。

毎年のことだけど,このランキングに書けないようなことが二つ三つはあるのです。主にネガティブな評価が伴うようなやつは書けないしねぇw

あと,もちろんだけど,今年2011年というのは大変なことがあった。あまりにも大変なことがあった。
東日本大震災のこと,その後の原発問題のことはものすごい大変なことだ。現在進行形だし,何も解決してないし,今後も小さい子を持つ親としていろいろ考えないといけないことはある。
ジョブズが成仏,総書記の葬式,談志が死んだというのが今年の三大不謹慎ジョークらしいけど,大物が次々世を去ったのも今年だ。インパクトはでかいよね。iPad2が今年発売ってのが信じられないくらいだ。

今年もどっこい生きている。来年も日々が無事に続いていけば,それだけで十分幸せだ。それでも,もうちょっといい人生を,もうちょっとうまく生きようと,来年も俺はがんばります。多分。

それではみなさん,良いお年をお迎えください。



姉弟喧嘩の作法

弟が姉をたたいたので,「手を出したらいかん。お姉ちゃんに謝りなさい」と教える。

すると,姉が調子に乗って「そうよ,顔痛かったのよ。心も痛かったのよ」というので,姉の方に「そういうことをいってはいかん。心なんてないんだ。ないものを傷ついたとかいって,相手の罪を重くするのは良くない。」と教える。

うちの子はどんな大人になりますかね。



e-radアンケートに答えて

先日e-rad(府省共通研究開発管理システム)の使い勝手はどうか,というアンケートがきたので,答えた。
基本,アンケートものには協力するようにしている。
e-radは研究者として,科研費の申請のときだけに使っている。いまのところね。

そこそこがんばっていると思うんだけど,まだまだ使い勝手が悪いので,いろいろ書いておいた。

科研の申請書にあたって,研究者が書くのはどこまでが妥当と思うか,というので,業績とかは自動的に集められてチェックするだけでリスト化されるシステムを作ってほしいとか,予算の枠を引くところでいちいち事務に怒られるのは事務も俺らも時間の無駄だから,オンラインでできるようにしてくれ,とか。
結局我々が書くべきは,研究題目と,組織図と,内容と計画ぐらいで,後はシステム側が作ってくれたら一番いいんだよな。ヒアリングを受けて,事務が予算案とか出してくれたらこんなに楽なことはないのに。ということで,そういうシステムを目指してくれ,と精一杯書いたつもり。

また,e-RadはResearch map(いまやReadと統合されてRead & Researchmapというようだけど)とのデータベースの一元化も進めているようである。これは大変このましい動きで,論文情報の管理なんかも一元化してもらえたら一番いい。
ということで,かつてのエントリ(はてなブックマーク – フリーの論文投稿システム,ReadMeのあり方について – 死んで花咲くデッドボール)に書いたように,科研費番号でログインしたひとが評価ボタンを押すことができる,というシステムを実装してくれ,とも書いておいた。

先日KSPで聞いた話なんだけど,あるノーベル賞級の数学論文は,筆者のWebサイトに書いてあるだけらしい。それを読んでみんながすげえ!って話題になるんだから,それが何よりの査読だよねぇ。

将来,若い人たちに,「昔の科研申請は,予算を自分たちで計算してチマチマかいて,罫線がずれたら事務に怒られる,計算が間違っていたら事務に怒られるってなもんで,大変だったんだよ」とか,「昔公募にエントリーするときは,履歴書や業績一覧を各大学のフォームに合わせて書いて,間違っていたら書類審査で落とされるし,パスした後も学内規定の書類に書き直されるってなことがあったんだよ」とか,「毎年毎年,同じ大学なのに学部,本部で異なるシステムから,毎年業績の更新や研究テーマの更新をさせられてね,大変だったよ」と,笑い話として伝えられる日が来ることを夢見ています。



KSPと忘年会

木下御大が福島第一原発社会心理学のことについてお話しされるという。もちろん忘年会とセットでもあったので,参加してきた。
このところ,ジョブズの生き様を通じて,また前日のシンポを通じて,システムをどのように構築するべきかについて考えているんだけど,同じような悩みが国と国営企業との中でもあったようで。

言葉の問題とかもあるんだけど,やはり教育しか出口はないように思うんだよな。システム教育。
たとえばリスクを危険、クリティカルを攻撃、ガバナンスを軍隊と読み間違えるから、システム思考ができない人ができるんだ,というのは大事な気づきだと思われる。
リスクをきちんと計算し,批判的に考え,うまくコントロールするためには,しっかりシステムを考えて指向する人が必要なんだよなぁ。
そして,悪いシステムに公務員特有の三年任期が付け加わると最悪なのだそうだw
特に放射能の世界は,熟練者ほど被曝量が累積するので後継者を育てるのが難しいという。プロもいない,後継者もいない,かといって電力をほかで稼ぐ方法があるわけではない,という状態でどうするか。本当にいろいろな知識を集めるしかないですよ。

もちろん,社会心理学者のシステム的発想は有用なんだけど,その価値をわかってくれる人,わかってくれるチーム,わかってくれる組織,わかってくれる市民がまだまだ少ないのが残念。
統計業界的にも,サンプルのとれない事象に対してどういうアプローチができるか,ってのはおもしろい問題だと思う。大数の法則ベイズの定理も1000年に一度の大地震をどう推測するかって問題にはお手上げ状態?

その後の懇親会で,T先生がアホと仕事はしないこと,というお話をされていて,昨日もその話をしていたんです,などと談笑。
システムを教えようとすると,学生は論文がかけないから困る。なので,システム的発想について研究者を育てるのって難しいね,という話。
トホホな感じではあったのだけど,御大に相談してみたら,まぁボチボチやっていったらよろしやん,という感じでまるっとまとめてくれた。

システム的仕掛けを作る研究ってできそうですかね,といったら,御大は是非やってという。
これには背中を押された気分。さぁしかし,結果はだせないだろうし,どうやったもんかなぁというと御大はゆっくりほほえんで「カントさんも毎年純粋理性批判を出版したわけじゃないからね。ゆっくりペース配分しながら,裏でじっくり考えてたらええねん」とのこと。

ありがたいお言葉でした。がんばるぞ。



教育ツールのシンポジウム

科研関係のプロジェクトの一環として,教育測定ツールについてのシンポジウムがひらかれました。
山口での取り組みはどういう者であるかについて,県教委のS先生とともにプレゼンしました。

最近ずっと考えさせられているのは,「教員はシステムというものの見方を持てるかどうかが肝」ということ。全体を見渡す視野と技術を持っているかどうか,が根本的に重要。ところが,そういう視点を持つ人間を育てるにはどうしたらいいか。すなわち,システム教育は可能か,ということについては,否定的な現状しか見当たらない。なぜなら,現場の先生でシステム的な視点を持っている人が少ないし,持っていない人にとっては抽象的すぎて何のことかわからず評価できないだろうから。直接なにかできる力ではなくて,俯瞰的に使う力だからね。

現場の先生にとって,一つの方法は「馬鹿とは仕事しない」というポリシーでやること。確かにわかってない人にわからせる労力って大変だから。でも,そこを何とかブレイクスルーしたいんだよなぁ。

あと,いろいろ学んだことがある。たとえば公務員は三年で異動してしまう。これはどんなよいシステムでも殺してしまう,最強の愚策だよねぇ。誰が始めたのかわからないし,その理由が「公務員は癒着を疑われるからだ」といわれたら納得できるところもあるけど,効率より公平性ってそんなに大事なことなのかなぁ。ここにメスを入れようとすると,かなりの抵抗があるらしい。つまり,公平に入れ替えるシステムだと,誰もスペシャリティを育てる必要がなく,すなわち遊んで暮らせるからである。能力がないやつでも飯が食える,という意味ではいいんだろうけど,そういうやり方が持たなくなっている(人口動態的に)今となっては,大なたを振るわないといけないんだけどな。ま,組織の論理ってのは強いわけです。

さて,そんなこんなで,大学と公務員が手を取り合って何かプロジェクトをしようというときは,気をつけないと異動によって引き継ぎができなくなり,継続性のない話が乱発してしまう。これを何とかするために,大学とたとえば教育委員会との間で協定を交わすのがいいよ,と教わったのはよかったです。とにかく組織と組織のつきあいにしてしまうってことだ。まぁ両者がその重要性,必要性を充分理解しているかどうかが次のポイントなんだろうけどね。お題目だけ唱えていればよい時代は終わったので,そろそろちゃんとやろうぜ・・・ってなってくれないかな。

教員にとって,いま厳しい状況であることは間違いない。広島大学の栗原先生がおもしろいことを言っていた。すなわち,「経験とカンが通じなくなると、人はますます経験とカンに頼る」ということだ。まじめであるだけに,今までの路線でがんばろうとしてしまうんだな。ほとんどの先生は動機的なレベルではまじめで,やろうとしているんだけど,それが認知や技術にうまく接続できないとー栗原先生はそれぞれが積として(システムとして)動くと表現されていた−結局邪魔にしか成らないわけでね。

自分の思い込みをいかに打ち破るか。そして相手が思い込みなので,気持ちの問題で何とかなるものではなく,重要なのは「心がけより仕掛け」である,というのは大事だと思います。



スティーブ・ジョブズ 上下巻

ジョブズの伝記を読んだ。会社を興して,追われて,戻ったというだいたいの概略は知っているんだけど,一度ちゃんと全部知っておきたいな,と思って。

上巻は生まれてからアップルを作り,追われ,ネクサスを作るところまで。
下巻はアップルに戻り,iPod, iPhone, iPadを作るところから,ほぼ死の間際まで。プライベートな癌との戦いの話は読んでいてつらかったなぁ。

上巻からわかるのは,彼に共感性がないということだ。社会性もないのかな。細かいところまでデザインしたがって,妥協できず暴れ回るとか,評価が二極振り切れるとか。とにかく異常な感じのする人物像。下巻からは,徐々に社会性を身につけて行くところが読み取れる。人間,年齢とともに徐々に社会に適応できていくんだな,って事がよくわかる。

発想がよくて当たることもあるし,外れることもあるよな。
今のところ,いい商品が連発で出ているからつきあっているけれども,怖いのはこの連勝が止まるときだ。
ビル・ゲイツははっきりとそう指摘しているよね。でもまぁ,ちゃんとCEOを譲ってから,引退してから死んだんだから,その点は認められるよね。

今後のアップルやコンピュータ業界が心配でもあるけど,今のところすてきなマシンを作ってくれているのはアップルだし,客として楽しめばいいよね。

スティーブ・ジョブズ I

スティーブ・ジョブズ I

スティーブ・ジョブズ II

スティーブ・ジョブズ II



もはやデスクトップ

研究室のマシン,調子がおかしくなってはや一ヶ月ほどたつ。思えば前回の定期更新をしてから駄目になったもんなぁ。
Windowsマシンは再インストールしてみたけど,それでも更新をして,先日もまたOfficeを立ち上げているときにブルースクリーンを見せてくれました。
使って五年になるからか,そろそろ疲労してきたのかなぁ。

ともあれ,これではお仕事にならない訳で,今一番安心して使えるのがMacBook Airなわけです。

で,先日,キーボードマウスを購入しました。
DVI出力とVGA出力もできるようにケーブルも準備。
DVI出力を使って片方の画面につなげ,ノートを閉じた状態にするとクラムシェアモードというのに入るので,もはやデスクトップ状態ですよ!

TeXやiWorksで作業するのに,やはりノートじゃしんどいんだけど,これだったら普通にデスクトップ使ってるのと変わらない。昨日のゼミの資料はPagesで作ったんだけど,ちゃんと使えるレベルでしたよ。今度の講義のスライドを,今からKeynoteで作ろうと思います。これで環境移行がすすんでいくな。

Windowsマシンも他の人との互換の意味で使う必要があるので,一応残してはいる。左側の画面は,しかし,もはやメーラー専用機に近いな。
これもそのうちParallelsをつかって完全移行できるようにしたいです。今すぐできないのは予算的な都合ですw

余談だけど,Windows機はwubiを使ってubuntuとのデュアルブート環境にしている。そっちの方が落ち着いて使えそうだから。
たまに少し不便なところはご愛嬌。

Windowsもパッケージ管理がもっとうまくできるシステムだったらよかったのになあ。



三歳児のクイズ

三歳児の次男が,クイズ,なぞなぞにはまっているようだが,言語ゲームの獲得が不十分なので大変面白い。

例1)
息子「なぞなぞね。正解は…お豆!」
俺「…で,問題は?」

例2)
息子「なぞなぞね。リンゴとバナナ,皮を剥いて食べたことはありますか!」
俺「…あります」
息子「正解!」

例3)
息子「バナナ問題です。A.むいて食べる。B.むいて食べない。どっち?」
俺「…むいて食べる。」
息子「正解!」

こんな調子でずっと続きます。



第三子も一歳に

末娘がこの日曜日に一歳になりました。
体重と身長が-2σよりも小さく,成長してない?と思われたのは離乳食の遅れからだと思われ。離乳食をペースアップして,最近は親が食べているのを横から食べるようになったので(餌付けの気分),すくすくぐんぐん大きくなって,かわいいかわいい。

病院が定期的に見せにこいというので,毎週のように採血されていて,たまになんかわからん数値が異常だったりするのでなんなのこれ?という話にもなったが,今日の病院で「一過性のもの。あるいは,乳児期特有の変な値と見なしていいだろう」とのお達し。一安心。

すなわち,健康に成長しているのでござる。何より。




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