Kosugitti's BLOG

アンドロイドは正規分布の夢を見るか

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2011 / 10月

夜間子ども急病センターにいった顛末

僕はイライラせずに生活したいし、比較的安定した精神状態を保っていられていると思うが、それは「空腹でないこと」「相手が理不尽ではないこと」という二つの条件が満たされるときに限られるようである。すなわち、空腹時に子どもが泣き出したりすると、イライラする。傍目にわかる程度にイライラする。
今夜は妻に「とりあえず、なんか食べたら」と言われたほどにだ。

今日は雨の中、20日30日5%オフ、しかもポイント5倍デーという状況=大混雑の中、一般庶民らしく人ごみにまぎれてお買い物に出かけたのです。しかも、最近靴がぼろくなってきて、ちょっとした雨でも靴下に水が染みてくるようになってきている。大分いやな気分になるわけで。

そんな気分であっても、なるべく気分をあげていくためにも、昨夜ビデオで見た兵庫は長田のあたりにある「ぼっかけ」を使ったお好み焼きを作ってみようと思い立ち、帰宅すると牛すじを煮込んだりしてイソイソと動き回っていたのです。

妻と子どもはその間に先に風呂に入ったりして。俺は空腹を我慢しながら料理を準備して、うまくいったらきっとおいしかろうとウキウキしながらやっていたのですが。

子どもたち。一番上の子はある程度理屈が通じるので、今みているテレビはビデオで録画しておいてやるから,さっさとお風呂に入っておいでというと入りにいった。
問題は二番目の長男坊。三人目ができてから,かまってもらえないことにストレスを抱えているのか,最近はやたらとワガママで手が付けられないこともあるほど。今日もそうで、「おなかが痛い」という。この手の訴えは、どうしても手を留めてその子にかまわないといけないので、面倒なことではある。そして、どうもそれをわかっているくさい。かまってもらいたくて、おなかが痛いとか、トイレに行きたいということがしばしばある。
今日もそうだろうと思って、一度、二度はトイレに行ったけど別に何かが出る訳でもなく、忙しい最中に面倒なだけなので放置し続けていた。

しばらくすると妻子が風呂から出てきて、自分も風呂に入りたかったけれども、もう先に夕飯にしよう、とお好み焼きを焼き始めた。
その間も、坊主は「おなか痛いおなか痛い」と床をゴロゴロ転がり回っている。それに末娘の泣き声も加わって、もう訳が分からんような状態。なんせ、3歳以下は説得が効く相手ではないのですから。
痛い痛いと言い続け、収まる様子もないので「ようし、本当に痛いのなら病院に行こう。病院に行って,お医者さんに痛い注射でもしてもらおう!」といったら、驚いたことに息子は「病院いく」と答えるではないか。
空腹とビールを我慢してイライラ、さらにお好み焼きをひっくり返すのに失敗してさらにイライラポイントUPしている中。しかし妻は風呂上がりだし、動ける大人は俺一人。ただのワガママ,かまってもらいたがりだと思ってはいたが、売り言葉に買い言葉で、よしいったらぁ!と夜のお出かけ開始。

酒は飲んでいなかったけど、徒歩十分ぐらいのところに赤十字病院があり、そこで緊急もあつかっているので歩いていくことに。しかも、そこは地域の夜間子ども急病センターというのができていて、ありがたかったです。
歩く道中もずっと「ほんとに痛いのか。引き返すなら今だぞ」と言い続けていたが、息子は「痛い。いく」と意志を曲げないので、俺もひょっとしたら何か本当に大きな病気なのかしら,と思ったりして病院へ。

数名診察待ちをしていたけど、すぐに呼ばれて診察。おなかのあちこちを触ってから、お医者さんが言うには「熱はない、嘔吐をしてない、下痢があるだけなら、風邪でしょう。食欲もないらしいし、鼻もちょっと出ているし。鼻と咳の風邪薬出しておきます。お大事に」でFA。ほうらね、何でもなかったじゃない。

診察が終わって、息子に「どうだ,まだ痛むか」と聞いてみたら「痛くない。おなかすいた」と今までの主張を完全に逆転させる。しかしまぁ、ちょっと元気がないのは確かだし、おとなしくしているので、まぁ仕方がないかと。
今後、嘔吐がなければ緊急に駆け込むほどではないな,ということを学習できたのは収穫だった。

さて、帰宅してくるとまたワガママの連発で、やれあれが食べたいこれが食べたい、ジュースが飲みたいとか言い出す。だから、「病院に行ったからお前は病気になったのだ!お医者さんがいうように、お前はうどんかおかゆしか食べられないのだ,わかったか」というと「もう食べん!」といって作ってやったうどんを食べずに泣き出す始末。あー、面倒くさい。

俺はと言えば、空腹のピークも越え、冷めたご飯でビールを少しやって、飲む気も薄れてヤレヤレな感じ。

ま、明日の講義で話すネタができたかな。愚痴とともに正常性バイアスのことについて語ってみよう。
あと、食事とお酒が押さえられたからダイエットにもなったし!



想像の一歩外側;Free your mind

学生がちょうどいいタイミングで研究室をのぞいたので、コーヒーを入れていたら、ちょうどいいタイミングで仕事を依頼しているSEの方が見えたので、三人でコーヒータイム。

学生は大学に入ったときから持っているノートパソコンを買い替えようかと思っているらしい。SEの人は生粋のマカー。俺はにわかなのかなぁ、今はMBAだけだけど、マカーにかわりつつあるかもしれない人。
で、二人でMacにしないか、と勧めてみたりして。

Macのどこがいいんですか、という質問は、マカーに課せられた業みたいなもんだね。でも、究極の答え「だってかわいいじゃない」にはまることなく、機能的な面から説明したかった。
結論から言ったら,それは無理だったんだけど。
だって、利便性や社会的な優位性は圧倒的にWindowsで、少数派としての連帯感を強めるために信仰心を持ち出すしかないわけです。
信仰心といったら異常に思われるかもしれないけど、例えば家具を買うときにデザインで選んで何が悪い,と思うんだよなぁ。

ともかく、そんなこんなで、MacとTeXでもういいじゃない,という話をしたりしてました。

その流れで思いついたんだけど、最近の子はWindowsを選択したのかな?とふと疑問におもった。

パソコンと言えばWindowsしかない、といわれて、それがスタンダードだからといわれて適応を求められる。それって全然自由じゃない。
自由じゃない理由は、端的に無知なだけで、実は誰も制限している訳じゃないんだよね。「現実的に」制限しているけど、「現実的に」という言葉はいつも「理想的に」という言葉を包含しているし、そのことを忘れてはいけない。
自由な世界を知らないと、不自由なままであることに気づきもしないで1.したり顔で適応した振りをするか、2.だってこんな世の中だからと不満を言うか、3.何も考えてないので何も言えないかでしかない。楽しそうに思えないのだ。

もっと自由で,もっと楽しむために、知識は必要だし、もちろん努力だって必要。
だけど、自主的に選択して,そのとき初めて責任を負えるじゃないか。
だから僕は学生のいやがることをすすんでするのです。

統計もおんなじです。
やらないといけないことがたくさんあるのは、それを全部捨てて自由になるため。
やる前に嫌だといって捨てるのは、選択もしなければ責任も負わず、誰かのせいにする論文を書くだけになるのさ。

我々は,他人を傷つけてでも、どこかでわがままにならなければならない。



科研のシーズン

9月1日は科研レースのスタートです。
学内締切が10月17日にあり,事務室のチェックを経て,10月27日が最終締切。
それまで,あちこちで科研が書けん,とかいうわけです。

大変幸せなことに,今回は様々な人からお声かけいただき,研究分担者になってくれといわれました。
そのときに,皆さんの申請書を見せてもらうわけです。

はぁ,この人はこういう風に書くのか。はぁ,こういう書き方があったのか。こういう費目の挙げ方もあるか。こういうタイムテーブルの書き方,組織図の書き方もあるか。と色々勉強になることばかり。あと,ちょっといやらしい話だけど,仲間の業績が見えるのも面白いですね。あー,頑張ってるな−,俺ももっと書かないとなー。そんな風に思わされるわけです(特に「査読有」)。

また,それをみて今更ながら,自分の戦略ミスに気づいたわけです。
学術振興会特別研究員の計画書のイメージが強かったので,よく言えば将来性のある,悪くいえば夢見がち・妄想癖?の研究計画を書いていたのだけど,それは科研費では評価されないんだねぇ。
同僚と共に基盤Cを書いていたときは,共同研究者の業績を詰め込まないと,という意識があったから,ある程度客観的に書けてよかったのかもしれない。自分の,若手だから夢見がちでも許される,という感覚が間違っていたんだなぁ,ということが他の人の申請書を見たらはっきりしたわけです。

俺もちゃんと,着実な研究計画を書かないとな!業績に基づいて!徐々にこの研究を思いついたように!
・・・あれ,そういえば最初から「着想に至った経緯」を書く欄があったorz
みたいな感じです。

申請書を書いていて楽しいのは,いろんな人の意見を聞きながら,申請書がどんどんブラッシュアップしていくところ。最初の「たたき台バージョン」なんか見る影もなくなるもんね。で,確実によくなってるよね。自分の申請書,最初のバージョンを学内アドバイス制度に出して,帰ってきた頃にはほとんど指摘が意味をなしていないという(笑)
今回は,上の気づきに基づいてちゃんと書けたはずだが・・・

っていうか,書いているときはいつも,自分の研究が一番だと思い込んでいる。まぁ思わないとやってられないわけで。
これまでの結果は残念なものばかりでしたが*1

「科研」はこの申請が始まる9月〜10月と,審査結果が帰ってくる4月1日,秋と春の二つの季語だそうで。
さぁどういう答えが返ってくるかしら。賽は投げられた!

*1:全く余談だが,昨日の科研費説明会によると,本学の採択率は他大学に比べて数パーセント低いらしい。何でだ。



あいほんほーS

iPhone4Sが発売されたのが14日,広島の友人が入手したのが15日なので,そろそろ・・・と思っていたら案の定!16日にショップから連絡があって,予約していたiPhone4Sがきたとのこと。

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

はやる気持ちを抑えつつ,取りに行きました。64Gモデルは入荷が送れたらしい。なんのなんの,田舎であることを差し引いて,どうせ品薄だろうから今月末までに入手できればいいや,と思っていたので,2日おくれは優秀ですよ。

買ったばかりのiPhoneはデフォルトのアプリしかないのだけど,iCloudをonにしたら,すぐさま住所録なんかは同期した。これは便利だねぇ。
自宅に戻って,iTunesの曲を入れたり,過去の写真を取り込んだりして,すぐにつかえる環境になりました。
ちなみに,前の3GSはiPod touchとして子ども達のおもちゃになりました。

4GSの動きがスイスイなのはもちろん,通知センターなどの新機能ももちろんいいんだけど,一番面白いのはSiri。
音声で会話しながらiPhoneを操作するのさ!まるでナイトライダーのK.I.T.T.じゃないですか。
残念ながら,英語にしか対応してないので,へたくそな英語で話しかける。

が,ことごとく誤解される(泣)
ほとんどいうことを聞いてくれない。ってか,海外の人は俺の英語がこんな風に聞こえていたんだなぁ。
あまりにもいうことを聞いてくれなくて,腹が立つので,Google先生に頼んで日本語を英訳してもらい,その英語を発音させたやつをSiriに聞かせたら,実行しました(笑)

んもう!いいよ!とおもって「OK! Thank you,Siri!」といったら,「Thank you City?」と聞きかえされてこれまたがっかり。

その後数日,色々試していますが,いくつか通るようになってきた。
“Play the Beatls”といったらビートルズをかけてくれたしね。Crazy Ken BandYellow Magic Orchestraはハードルが高いけど。
徐々に学習もしているのかも。ともかく,楽しく快適なデバイスを,ありがとうジョブズ



人と資本と商いと

やっぱ最近は資本主義よね。

言い換えれば、やっぱり金ですよ。というか、経済的価値観のウェイトがかなり高い。
経済性、効率性だけってのは面白くないな、と思っていても、知らず知らずのうちに自分の中に組み込まれている。
経済活動をするときは、もちろん安くてよい品というのがベストなんだけど、それでも「安さ」>「良さ」という関係になっているほどに資本主義ではないか。

商売はお金「だけ」の問題ではないとも思う。であれば、第二の次元は、少なくと俺は「人」かなぁと思うのです。

いい人が紹介してくれるものであれば、その信用分で、値段のことは二の次と考えるというか。

行きつけの日本酒のお店は、そこの人が好きなので、注文するときは「おすすめのお酒を何でももってきてください」というだけ。もちろん最初のうちから、それで外したことがないから安心して任せられるんだけど。で、そういう楽しく飲むときはお金のことは気にしない。ちょっと高くても、おいしいですよといわれたら、それぐらいの贅沢はしたいと思う。

ところで、今日は学祭にいったので、そこで食べ物を注文したのです。そこの店員?がまぁひどくて、およそ商売人と言えるもんではない。もちろん普段は学生で、サークルの仲良し同士で店を出しているんだから、仕方がないと言えば仕方が無いのだけど。
客をさばかない、客に背を向けて受付とダベる、受付の二人も内輪ネタでもりあがっていて、列にも並んでない学生の前でボソボソと「いかがですかー」という。厨房は注文が入ってから動くので待たされまくり。紙コップに入っているジュースが一杯100円。まぁイライラすることこの上ない訳です。

で、イライラして思ったのは「ちゃんと客として扱えよ」ということです。まぁ教員だしね、学生だしね、お遊びでやってるんだと思えば腹が立たないはずなんだけど、やっぱり経済取引のシーンになるとこちらの埋め込まれた資本主義が顔を出すわけで。ふと、「俺っていつの間にこんなに資本主義になってたのだ」と思わされた。

学祭の商売は、人の次元も商売の次元も駄目、なところ。
人もいいし商品もよいよね、というのSteve Jobsの生み出したApple商品かな。
で、人は良いけど商品は駄目(あるいは高い)と、人は悪くて商品が良い(あるいは安い)の比較をしたときに、後者が圧倒的に強くなってしまったのが現代なのだなぁと。ネットで最安値を検索してしまえば、顔の見えない人からものを買えるのだから。
江戸時代とか、流通がそこまで発達していないときは、圧倒的に逆だったはずなんだけどな。

消費者として、「お客様」の矜持として、あまり資本主義に没頭したくないと思う。
売り手にまわると、この物と人が交差するシーンに出くわすんだろうな、とおもうと、生まれて初めて「商学」というのに興味がわきました。



いろいろやりました。

午前中。混雑したら嫌だなぁ、と9時半ぐらいにソフトバンクショップにいってみた。車の一台も停まっていないので、逆に入れこみ過ぎで恥ずかしいかな、とガソリンを入れにいって、10時に戻ってきたらそこそこ人がいた。二十分ほど待たされ、三十分ほど手続きに時間を取りましたが、無事iPhone 4Sの予約注文完了です。

午後は大学の学祭、「わん」に出かける。小学校から案内が来たので、多分子ども向けサークルとかが宣伝しているんだろうな。学内も家族連れが多かったです。
「わん」はサークル主催の祭りということもあって、寮の祭りや学祭本番より規模が少し小さい感じはしたけど、いろんなステージがあるのが特徴かな。

その後、大学の横にあるMoon Teaという紅茶屋さんへ。仕事で知り合ったSEさんがやっているお店で、紅茶好きの妻なら喜ぶかなぁと。
時間が押していたので、バタバタしましたがおいしいお茶も出していただいて幸せでしたよ。

その後、娘のピアノ教室にいって、買い物にいって、帰宅。
家族みんなで少し昼寝して、夜は焼き肉。

焼き肉といっても、卓上ガスコンロにのせるアタッチメントタイプの鉄板を入手したので、それを使ってみたいということです。自宅で焼き肉をやるとき、これまではホットプレートを使っていたけど、あの弱い火力がつまらないので焼き肉の感じがなかった。

これ> イワタニ 焼肉プレート (大) CB-P-Y3

が、今度は違う。ガスボンベから直接火をつけていることもあって、かなりの火力!肉がすぐ焼ける!焼けすぎる!
そしてかなりの煙!w
火災報知器が反応してしまうのではないか、と心配するほど。換気扇や扇風機を回しまくって対応しました。
じゃんじゃん焼いてじゃんじゃん煙って、お肉食べたなあという感じ。

そんな一日でしたとさ。



Steve Jobsの訃報と生き様について思うこと

昨日の朝、Steve Jobsの訃報がTwitterのTL上で流れてきて、驚いた。出勤してさぁ仕事を始めるか!というタイミングで、一瞬何が何やら、という感じだった。
もっとも、彼はこのところずっと闘病していたようだし、そのこともあって仕事を退いたばかりだったから、頭では理解できるのだけれども。
折しもiPhone4Sのプレゼンが終わって、えー5じゃないの、という声が流れていたときだったし、自分もどうしようかな、機種変しようかな、とか、とりあえずiOSをアップグレードしてからだなとか、やっぱりMBAはいいなあとか、いろいろAppleな日々を送っていた頃の訃報。

残念だし、悲しいね。

何が悲しいか、というと、やはりユーザーとしては、もう彼によって驚かされることがなくなったのか、ということが悲しいわけです。
驚かされるというのは、自分の中にそのアイディアがなかったから生じるわけです。
自分の世界というのは、他人の思考をトレースしたり、社会の流れをトレースしたりすることもあるし、現状の情報から未来予測=シミュレーションすることもある。だいたいどんな人でも、自分の世界の9割は予測できる範囲内にあるはず(子どもでない限り。そうでなかったらきっと精神が崩壊してしまうから。)
なのに、彼はそれらひっくるめた「世界」の外を見せてくれる。そして、そっちの方が、悔しいけれど、自分で思っていることよりも面白そうで美しくて幸せになれそうに思える。なんで俺は思いつかなかったんだ、と思わされるね。
そういうサプライズが今後なくなるのかとおもうと、非常に悲しいわけです。

ぎりぎりまで仕事をしていた、ということから、やはり仕事が激務だったんじゃないかとか、仕事の虫だったとか言われることもあるようで。たしかに享年56歳というのは早く感じるけれども、引き際としてはとても美しかった。きちんと成果を残した後で、後継者に道を譲って,引退してすぐ死ぬ。これは俺の理想でもある。尊敬する先生は、引き際が美しかったから。
逆に、いつまでも後継者に道を譲らず、ズルズル居続けるのは醜いなぁと思うのです。日本人のほとんどがそうだけどね。政治家なんかそれの固まりで、あいつら平均年齢いくつなんだ、その歳で将来のことを考えるなんて恥ずかしくないのか、と思うね。
昨日ちょうど日本では小沢一郎の初公判があって、「なんで俺だけ検察に目を付けられるんだ」とか「民主主義の崩壊だ」とかぐずっているけど(それらは一応筋が通っているとしても)、必死で現職にしがみつきながら何の成果も残してない(のに大物)がテレビをにぎわすのが、非常に不愉快な訳です。
ある程度「あ、俺嫌われてるな、もうええか」って思えよな。

話を元に戻す。
Jobsによって驚かされることはなくなっただろうけれども、Appleには今後もがんばってもらって、Appleは世界や俺の世界を驚かせる企業であり続けてほしい、と思う。いいものを作れなくなったら、信者は離れていくだろうし、俺みたいに宗教心でなくその製品の価値に惚れている人は、その価値がなくなったら当然信者より素早くはなれていくだろう。でも逆に、いいものを作り続けていれば、もっともっと世界は広がっていくと思うし、そうである限り支持するつもりだ。

とりあえず、iPhone for Steve(4S)は非常にセンチメンタルな理由で、購入しようと思うけど。

一足先にiCloudにいってしまったJobsに、ありがとうと言いたい。




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