大人の学級会

大学の各コース,選修の代表者が集まって,大学側と協議して修学環境を良くしていく集いー学生懇話会というのがあります。

今年度,その運営側のお手伝いをすることになったんだけど,最初っから不思議な気持ちでいっぱい。
学生が大学側に要望を出し,大学側がそれに答える。それで,例えばゴミ箱が設置されたりとかするのは良いことですね。否定のしようがないですね。

でもなぁ。なんか,本質的に嫌なんだよなぁ。

理由は簡単で,この学生懇話会,大学側が設置して学生に招集をかけて始まった会だからです。

なんだか,出来レースになってるんじゃないかという疑いを持ってしまうのだ。
自分が昔から,「先生はこういう答えを望んでいるんだろうな」と思うとそれと違う答えを出してやろうとスネル・ゴネル・いちびる人間だったので,「先生はこういう答えを望んでいるんだろうな」という答えを手を上げて発言するやつがどうも理解できない。何が楽しくてそんなことをするんだ?と思ってしまうのだ。

大学に学生がやりたいことを言うのであれば,学生側から「こういう話し合いの場をひらいてくれ」というべきじゃないの。それを大学側から用意してやったら,学生の実行力,決断力,「今本気にならないと,気がつけばどこかの誰かが搾取してるよ!」というのに気付く力をスポイルしてしまうんじゃないかなぁ。

学生も「これは言っても却下されるだろうから,それは言わなくて,対応してもらえそうなことをいおう」と自分で自分を縮こめているんじゃないか。例えば「あの講義はひどいからやめさせろ」ぐらいのことを言うやつが出てきてもいいじゃないか。でも多分,あの場じゃ絶対そこまでの極端な意見は出ないんだよなー。

それでいいのかなぁ。

もうひとつ気になるのは,うちが教育学部だということ。学校の先生になりたい,という人たちがくるので,基本的に真面目だし,ちゃんとする。でも,その真面目でちゃんと,の裏に,何が真面目で何がちゃんとしているのかということを考えるのを放棄している節があるし,また,ちゃんとしていないのは駄目である,という否定や排斥のロジックが入り込みがちなことに自覚的でない可能性がある。

実際の会そのものは,丁寧に運営されて,建設的な意見が出て,みんなで頑張りましょうという形で終わった。大学と学生側は対立する関係ではなく,仲良し関係なのだ。私も大学側で出ているからね,学生がおとなしいのはありがたいですよ。

でも,それでいいのかなぁ。

学生運動しろとはいわんけどね,社会学部出身者としては,ちょっと違和感を覚えずにはいられないのさ。

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