フリーの論文投稿システム,ReadMeのあり方について

以前も学部紀要がオープンな論文システムになる,ってことについてエントリーしたけど(http://d.hatena.ne.jp/kosugitti/20100419/1271688252),FaceBookmixiボイスのように,それに「イイネ!」の評価をつけて広げていけることができたらいいと思うのだ。

目論んでいるのは,現在の業績主義に対する違うアプローチ。
研究者業界は業績主義で,査読あり,ナシの論文がそれぞれ「何本あるか」で勝負している。
このやり方だと,例えば敷居の低い(査読レベルの低い)学会誌に10本掲載された人と,敷居の高い(査読レベルの高い)ところに5本掲載された人とでは,前者のほうが圧倒的に有利ということになるのだ。もちろん,雑誌名を見たら大体のレベルはわかるのだけど,そもそもそんなレベルって,相対的だし変動する価値観だよね。
それよりは,研究者は公表することが目的で,多くの人が読んでくれることこそ価値なのだから,敷居を撤廃して,読者数で評価するようなシステムにするべきだと考えるのだ。

イイネ!を100人にもらった査読なし論文は,誰にももらえない査読あり論文より価値があるはずなのだ。

問題は,査読とは質の保証だということ。査読済みであれば,専門家でなくても良い論文なんだろう,と判断できる。それを撤廃しようというのだから,エッセイや日記,ブログエントリーみたいな物がどんどん掲載(公開)されて,そのシステム全体が評価されなくなる。

また,例えば自分の周りにアルバイトを雇って,どんどん「イイネ!」を押させることで,価値があると主張することもできてしまう。これもシステムの評価を貶める問題点。

なので,このシステムの「イイネ!」の価値を測る基準を複数考える必要がある。
ひとつは分散。いつも同じひとが褒めあって互いに価値を水増ししている,ということにならないように,いかに多くのひと(別アカウント)に評価されているか,という評価者の分散。

いまひとつは,評価者が他に評価されている人かどうか,という重みを加味した評価。世界的な権威がイイネ!と言うのは,初めてログインした人がそういうのよりも重い,とか。権威主義的になってしまわないように,この評価の運用については慎重を期するほうがいいだろうけど。

最後に,被評価者はどれほど多くの論文を読み,多くの人を評価しているか,ということ。

要するに,たくさん読んでたくさん評価している人が,いろいろな人にたくさん評価されるのがベスト,ということです。

やっぱり問題は,評価者・アカウントの管理かなぁ。確実に,実名登録であり,研究関係者であると証明できるIDである必要がある。となれば,科研費申請に使う,研究者番号でいいと思うのだけど,どうだろうか。
そう,ReaDなんかのシステムが,ネットでオープンに読める論文の相互評価システムを作ってくれたらいいと思うんだけどなぁ・・・
国立大学の紀要論文なんかを,一気にシステムに取り込んだら,かなりの「読まれるべき論文データ」が増えていいと思うんだけど。
気楽に論文を書いて,気楽に投稿でき,みんなにいいかどうかを評価してもらうことが質の保証になる,という世界。

それこそ,現代的な科学界のあり方だと思うのだが。

追伸)このブログエントリーが,その新システムに投稿される第一の論文であれば美しいw 新システムの名前は「ReadMe」とする。

コメントは受け付けていません。