メディアのこれから

昨日の夜の話になりますが、NHKの番組「激震 マスメディア 〜テレビ・新聞の未来〜」を見た。
twitterでフォローしている佐々木俊尚さんという方がいて、この人がまぁいいことを言うので、TLを楽しく読んでいたら、この番組に出るというので見てみたいと思った。

で、見ながらtwitterしながら、ニコ動的な参加をしていたのだけど(その結果が下の「昨日の独り言」です)、結構楽しかったし、考えさせられた。

新聞、テレビ、NHKの人(=旧メディア派) vs ネット擁護派(革新派)、という構図で見せていた。
話題の元は、ほとんどがアメリカのメディア事情。日本もこうなるよ、ということなんだろうけど、TLでは「本当にアメリカの後追いにしかならないか?」というコメントもあって、然りと感じ入ったり。
少し番組側を養護するなら、NHKは老人・年寄り向けのわかりやすい構図、ストーリーを作ろうとしたのだと思う。だから畢竟、古くさい番組の作り方になった。
悲しいのは、もうそれでは間に合わないくらい、現状のスピードが速くなっていて、わかりやすいストーリーは生まれたとたん、パッケージ化され、消費され、ネタにされ、飽きられるのだ。
旧メディア派の主張も古くさい。基本的に「取り込もう」としている。取り込めないほど速い、ということに気づいていない。あるいは、取り込む・取り込まれるという関係になれないことに気づいていない。
今までのやり方、やってきたことへの自負もあるだろうけど、それが強すぎて(それがイコール既得権益、とまでは言いませんが!昨日は酔っぱらっててつぶやきましたけど)、適応できないんだなぁ。
まぁ旧メディア派の年齢層が高すぎるのだ。彼らに未来を語るのは、無理だよ。語る先の世界に生きていないのだから!

テレビや新聞は決してなくならない。スポーツや事故など、リアルタイム性の強いものは絶対求められているのだ。
ネットでも見られるじゃない、というひともいるでしょうが、まだ画質の点では圧倒的にテレビだ。
番組の後でやっていた、ネット配信の「裏」番組は、ユーザーが8000人ぐらいになったころ、自宅のPCではまともに見られないほどプツプツとぎれてしまった。これではやはり、駄目だ。

ドラマやドキュメンタリー、教育用コンテンツなどは、その膨大な資金力で作り込むことが必要であれば、残っていくだろう。
でもそれって、もう誰もリアルタイムで見ないよね。
たとえば私は、今自宅では、基本的に録り溜めているコンテンツを、テレビが面白くないときに観る、という消費の仕方をする。視聴率云々で一喜一憂しているのは、本当にかわいそうだ。意味がないのだから。

私は自分がそうだからと言うわけではないが(といいながらそういうわけでもある中2病なのだが)、今の30代がキーだと考えている。
従来のやり方もわかり、新しい世代のやり方もわかる、その間を取って新しい何かを責任感とともに生み出す元気!これがあるのは、今、我々世代じゃないかと。

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