怒りの矛先

年始に録り貯めたビデオを見ている。
松本人志の許せない話」がとても面白かった。すべらない話は純粋に笑えるのだが、こちらは笑い+知的興奮があるのだ。許せない、と誰かが腹を立てていることが、世の中を変えていくきっかけになる。お笑い芸人は、独自性を磨く必要性があるからか、非常にその点の感覚が研ぎ澄まされていて、一般の常識人が気づかないことにも気づいて、思考を巡らせるのである。当人達は「変人ですから」と言っていたが、その点では明らかに常人よりは優れているのである。

常識人とは、それなりに社会一般のルールがわかり、ルールを逸脱しない人、ではなくて、社会一般のルールを盲目的に信じ、ルールを逸脱する視点を放棄した軟弱者なのである。

これに、現代の「負けなければよい」という後ろ向きの風潮が加わると、最高に愚鈍で使えない、Morenoがもっとも忌み嫌うであろう人間が再生産される。

それではいかんのだ。

と、同時に、そういう奴らが社会の8割を占めてくれているおかげで、お笑い芸人とか研究者のようなマイノリティが存在を光らせることができる。

結局、人間の世はいつもこの構造なのか。

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