奈良、札幌の受け入れ拒否 「受診しない妊婦にも責任」

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 奈良県や札幌で、救急搬送された妊婦の受け入れを医療機関が相次いで断った問題で、拒否された患者全員が出産まで一度も産科を受診してなかったことから、産婦人科医の間で批判の声が上がっている。背景には札幌市内だけで年間一千万円を超す出産費用の未払いがあり、救急態勢の改善だけで問題は解決しない。・・・

一年ほど前、奈良県である妊婦さんが出産後の処置中に意識不明だかなんだかになって、大きな病院に移さなきゃと言うことで受け入れ先を探し回ったものの、どこも受け入れ拒否し、なくなってしまうという事件があった。あれは日本の医療制度になんらかの問題があるんじゃないか、と思わざるを得ない事件だった。旦那さんも、残された子供も、かわいそうな話だ。

先日、同じく奈良県で、スーパーで急に産気づき、救急車で運ばれた女性がいた。これまた緊急病院が受け入れを拒否し、結局高槻市の病院に行く途中で流産した、という事件があった。同じ奈良県ということもあってか、「またか」という意見もあったし、上の事件の旦那さんも「行政は何もわかってない」とコメントしていた。

後出しで悪いんだけど、このニュースを詳しく調べてみると、この妊婦さんは妊娠6ヶ月目だったけど今まで病院に行ってなかったらしい。なんでだろうか、気づかなかったのかしら、とちょっと「?」とも思ったけど、今回のこのニュースを読んで少し納得した。

まず、昨年の事件と今回の事件は区別して考えなければならない。前回の問題は、産院の医師が緊急手配するタイミングを見誤った、という医療の問題があって、それに受け入れ拒否の問題がプラスされている。今回の問題は、妊婦が出産の準備をしていなかった、という妊婦の問題があって、それに受け入れ拒否の問題がプラスされている。もちろん、受け入れ拒否の問題は、事情がそれぞれ違うけど高く相関する=背後に共通要因のある話だ。

今回の妊婦側の問題は、リンク先のニュースにあるように、妊婦さんが妊娠したことに気づいていない、あるいは気づいたのにかかりつけの産院をもってない、という事実がある。かかりつけの病院があれば、救急車はまずそこに連れて行くことになっているからだ。そして担当医もちゃんと診てくれるでしょう。妊娠していることに気づいてない事例というのはたまに聞くけど、月のものがなくなったら、そしてそうなる可能性について身に覚えがあるのであれば、安全策をとって産婦人科に行くもんなんじゃないだろうか。

行かないとしたら、無保険の可能性がある。国民健康保険に入っていれば、治療費の負担は大幅に減るし、出産一時金として30万ぐらいの手当が出る。それをしていなければ治療費は全額負担で、一時金もナシなんだから、結構な出費だろう。所得が少ないのであれば、出費が嫌だなと思う気持ちはわかる。

が、出産というのは母子ともに命をかけることなのだ。命というものを、金というものを、なんだと考えているのだろうか。

さらにこの問題を考えて、妊婦側の意識の問題と、社会の問題と、行政の問題に分割してみる。

妊婦側の意識の問題としては、おおかたの女性は大丈夫だと思うが、もっと徹底して、出産することの大切さ、喜び、大変さを教育しなければなるまい。

社会の問題としては、まず国民皆保険という制度を大衆に周知徹底させること、そして「国が面倒見ろ」とか「行政の問題だ」と簡単に他人のせいにするような風潮を正さねばならない。前者は行政の仕事で、後者はマスコミの仕事かもしれない。
最近あちこちでささやかれている単語を使うなら、日本の“民度”をあげる必要があるのだ。

余談だが、桝添大臣が企業年金の未納問題についても何とかしてくれといわれて、断ってたね。企業年金は民の問題で、それまで国が見る必要はない。何でも国に見てくれというのなら、税金あげるぞって。正論。

さて最後、行政の問題。
ここはひとつ、思い切って、無保険の妊婦を受け入れたらその病院に対して国が補償金を出すことにしてはどうだろうか。そして国は、医療保険以外のところで、妊婦を追い詰めたらよいのだ。立て替えておいたから払え、と。払えなければ財産差し押さえ。財産なければ逮捕、という形で。つまり、病院に対して金銭的なデメリットがないように取りはからってやるのである。

もう一つ。赤ちゃんポストもそうだけど、日本で親のない子供が育ちやすくする環境を作らなければならない。孤児院みたいなものをもっとたくさん作り、補償をあつくする。また、血のつながりのない子供でも親子の関係が慈愛に満ちていたものであれば、何ら遜色のあるものではないという、イメージアップキャンペーンをする。

自分の子はかわいいよ。でも、自分の子でなくても、子はかわいいよ*1

とにかく「命を守る」と「命が育つ環境を守る」ことが至上命題で、そのためであれば税金でも法律でも何でも使いまくる!という徹底した命題が欲しいところだ。理想論はその後からやってくるんじゃないだろうか。

ちなみに、国の金とか国が面倒見ろとか言う台詞、あれ全部税金ですよ。当たり前ですけど。自分たちの懐から出ている話ですよ。それを思うと、軽々しく「国のせいだ」なんていえないと思うんだけどな。どうだろうか。国の責任ってことは、自分たちの責任ってことなんだけど、どうだろうか。なんで政治は民から乖離したんだ?

明日から出張で、どうせ日記は書けそうにないので、日付が変わった今のうちから書いてみました。

*1:俺も変わったもんだ(笑)

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