短気の人は読まないように

「聞いて聞いて、すっごいオチのある話やねん」と、隣に座った女性がお仲間に話し始めた。大きな声だったので、聞くともなく聞こえてしまう。「オチのある話がある」と言ってから話すのだから、よっぽど自信があるんだろう、と思った。念のために書いておくと、関西圏では、オチのない話をしてはいけないという不文律があるのだから、「オチがあるのよ」というのはいわずもがなで、本来オチがなければ彼女は口を開いてはならないほどである。それを敢えて「すっごいオチがある」というのだから、よっぽどだろうと思いながら、目は文庫本に、耳は隣に向けていた。

彼女の話を以下に記す。覚えている限り正確に書く。誇張やウソはありません。

「昨日、この鞄と、もうひとつの鞄と、服を買った。帰り道、電車に乗り込んで、買いすぎたと思ったので、返品しようと思い立った。そこで、あわてて電車を降りた。というのも、お店は21時までで、そのときすでに20時45分頃だったから。私が立ったので、前に立っていたオヤジがすごく嬉しそうに座った。私は店に電話した。レシートもあるので返品したい、出来ますかと。できるといわれたので、お店に行った。お店の人が『なにかまずかったですか』ってなことを聞くのだけど、『いいえ、そういうわけじゃないんです』と平謝りでとにかく返品し、お金を返してもらった。さぁこれで帰ろうとおもって、駅まで行ったら、定期がないことに気づいた。私はすっごい探す子なので、何度も何度も鞄を探したけど、どうしても見つからない。おなかが空いてきたので、中華まんを買いに行ったら、その店が閉まっていた。定期がないと帰れないので、何度も鞄を探した。でも見つからないので、ひょっとしてお店かも、と思ってお店に電話をした。すると、お店の人が忘れていますよと言ってくれたので、取りに行っていいですかといった。じゃあお待ちしていますというので、お店に戻った。もう21時5分前だったので、エスカレーターが止まりかけで、警備員さんが『閉店ですよ、出て行って』という感じだったので、もう一度お店に電話した。すると、店員さんがじゃあ一階までお持ちしますよ、というのでありがとうございますといった。おなかが空いてきたので、一階に入っているパン屋さんでパンを選んだ。そのとき、お店の人に何度も電話して、お礼のひとつもしなければと思ったので、お礼の分のパンも選び始めた。すると、選んでいるところにお店の人が後ろから来た。私はただパンを選んでいる、おなかの空いた子みたいで恥ずかしかった。でもとりあえず、『ありがとうございます、お礼にパンどうぞ』と言った。するとお店の人は『お礼には及びません』といって、受け取ってくれなかった。とても恥ずかしかった」

以上。我ながらちゃんと思い出せた。
なんせ、すっごいおちがあると思って、注意深く聞いていたからな。

で、どこがオチやねん

二駅で目的地に着くのだが、その間にこの話を大声で話しっぱなしなのである。おそらくあの電車に乗り合わせた人の50%以上が、心の中でずっこけたと思う。私が降りる駅と彼女らが降りる駅が同じで、もうしばらく話が聞こえてきたのだが、その後「恥ずかしいなぁ、もうあと三ヶ月、イヤ、半年はあのお店に行けへんわー」と続いただけだった。

だから、どこがオチやねん!

話の中で、笑えるポイントはいくつかあるのである。簡単に列記すると、

  • 買い物を終えてから買いすぎに気づくプランニング。
  • すぐ返品に行くことを決意し、行動に移すという思い切りの良さ。
  • 私は鞄の中をとてもよく探す人、というドウデモヨイ宣言。
  • 定期を探している途中に発生する、中華まんを食べに行くサブルーチン。
  • 電車を降りてから、返品に行ったり定期を探したりしているのに、10分しか経過していないという時間軸のゆがみ。
  • 隙があるとすぐに食べ物屋さんに行こうとする性根。
  • 店員へのお礼にパン、という発想。

できるものならば、これらそれぞれにツッコんで行きたかったのだが、それもこれも「大オチ」のためにガマンだ、ガマンだ、と思っていたのに、

どこがオチやねん!!

その話を聞かされていた、二人のお友達も、どこで笑ったらいいのだろうか、と探り探りの相槌だった。むしろ、その様をこそ笑うべきだったのかもしれぬ。

話の構成力で、その人の国語力は簡単に推察できる。ひいてはキャラクターをも、である。

皆さんも車内での会話には要注意。横で変なオッサンが、あなたの人格を否定しているかもしれません。

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