未来

 強制力を持ち始めると、怖い。払うことを検討します。

 攻殻機動隊のコミックスを最近買い始めた。といっても、1、2卷だけだが。
 
 映画マトリックスのウォシャウスキー監督も影響を受けたという原作の漫画である。何でいまさら?といわれると返す言葉もないが、読み始めた。
 近未来の、ネット・電脳・儀体のはびこる世界。世界を支配するのは情報?人間の人間である所以はゴーストとよばれる本体?だけ、コンピュータに繋がれた人間・アンドロイド・サイボーグが入り乱れるサイバーパンクな世界観が確立している漫画である。
 読んでいると、この作者は色々考えているんだろうな、色んな知識があるんだろうな、とおもって感心する。そしてそれらを映像化する能力(私に根本的に欠けている能力!)があるのはホント素晴らしいことだと思う。

 だけど、逆に思うのは、漫画家は夢物語を描いていられるからいいなぁ、ということだ。「ここでは〜という設定にしておこう」と言うだけで逃げ切れる人は気楽である。

 私を初めとして、社会心理学者は、現在・過去・未来に関わる哲学・技術・科学パラダイムに責任を負っている。それを思うと迂闊なことは言えないし、未定義なままの−例えば「電脳」というような−用語を用いるわけにはいかないのである。
 余談ながら、社会学者はそれが許されていると私は考えている。社会学者は、面白い言葉を使って、世相をおもしろおかしく言い表すのがその仕事であり、語り口調が面白くなかったらお払い箱になる悲しい生き物である。

 心理学者はお遊びでそういうことを言うのではなく!責任を持って!科学者として!前に進まねばならぬ。たとえそれが、最初は胡散臭ぇと思われるようのものであっても!である。あくまでもそこにこだわって生きていきたいのですよ、僕はね?!

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