お金と関係ない世界を大事にしたい

この本を読んで,レビューを書いたのだけど。

国家,芸術,経済,レイヤー,態度などの用語が不用意に出てくる。そして時には正確でない用法がみられる。そういう意味で,語弊を招きやすい文章なのかもしれない。

しかし,文章が伝えてくる内容は大変面白い。一言でいうと資本主義経済の否定なので,左翼運動と似た空気を感じるところがある。が,やっていることは常識的ではないが合理的な話であり,社会の側が歪んでいるように感じる人間のレジスタンス運動だ。

私の言葉でいうならば,頭でっかちになっていきにくくなった現代日本社会に対して,もう少し生物的レベル,感覚的レベルで行きていくことを考えよう,という話なのである。

この手の話をする人は(もう一人知っているが),生きていく様態が先にある。まず生きている,という感覚が先にある。だから力強く感じるし,もし現代社会の枠組みから排斥されることがあるようなら,私にできる補助をしたいと思う。

現代社会の中に埋め込まれた側から,そちらに適応した人間であっても,そうでない世界のありよう,可能性を示してくれるパイオニアには尊敬の念を禁じ得ない。

資本主義社会がずいぶんと進んできて,それに取り囲まれるようになると(それはそれは力強い包容力ですから),「お金が大事」だという価値観が全面的に出てくる。

けれど,お金以外の価値観で生きている人,成立している社会もあるよな,とぼんやり思う。

例えばスポーツの世界だ。お金を払ってもホームランが打てるわけでもなし,お金を払ったらシュートが決まるわけでなし,お金を払ったら四回転ジャンプができるわけでもない。

例えばお笑いの世界だ。お金を払ったら面白いことが言えるようになるわけではない。

例えば大学の世界だ。お金を払ったら新しい発見ができるわけでもない。

もちろん,八百長試合を組んでホームランが出るようにすることはできることもあるだろう。お金を払って笑ってもらうことができることもあるだろう。お金を払って業績を稼ぐことができることもあるだろう。

でも基本的に,もっとヒットを打ちたい,もっと笑わせたい,もっと面白い発見がしたい,という人にとって,お金を使ったショートカット?は全然望むべき方向性ではないから,そんなことしても幸せになれないよね。

そういう人たちは当たり前のようにそれが分かっているから,自分の生き様を媒介にして生きているし,それこそこの本が言うところの態度経済をまわしているんだよね。

そしてそれは,特殊な人ではないということだ。誰だって,お金で恋人や友人や家族を買いたいわけじゃないだろう。

お金で片がつく問題はお金で片を付けた方がいいし,そのためにある程度お金を持っていることは大事なんだけど,そのために目的を間違えては意味がない。

ゴルゴ13の作者,さいとうたかを先生が,「事故にあってもこっちに非がなければ,加害者が賠償してくれるからいいよね」というやつは安全を何だと思っているんだ!といっていたけど,まさにその通りでさ。

もっとお金と関係ない価値を高めていきたいと思うし,世の中におけるお金の尊さレベルがもう少し下がるべきだと思うし,お金とは違う価値観で動いている世界にお金の話を持ち込んでほしくない,と思うわけです。

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