Kosugitti's BLOG

アンドロイドは正規分布の夢を見るか

この画面は、簡易表示です

2008 / 4月

iPodの固定

写真、おわかり頂けますでしょうか。

iPodを挟んでおく器具を買いまして、ハンドルの奥に設定しました。今までは灰皿の下に不安定に置かれていたのですが、これでだいぶんスッキリしました。うふふ。

ちょっと手を入れるだけで、ずいぶんウキウキするものです。



痴漢冤罪の問題

昨日の「行列のできる法律相談所」の話なんですが。
痴漢と間違われた場合、どうすればよいかという答えを四人の弁護士が答えたところ、二人が「裁判で無罪を証明する」で、残りの二人が「走って逃げる」だった。

理由はどちらも同じようなもので。走って逃げる派は、「やってない」コトを証明するのは非情に難しいし、裁判で争うとなったら時間もかかるし、その間に会社もクビになるだろう、そうであれば一か八か逃げた方が良い、という答えだった。実際に、弁護士としてこの相談を受けたら、「時間を賭けて戦うより、この示談金でまとめた方が経済的には得だ、と弁護士として言わざるを得ない」とまで言っていた。

同様に、「裁判で争え」という派は、「一か八かで失敗したら、さらに心証が悪くなって、灰色が真っ黒になる、逃げられなくなる」という答えだった。確かにそれもあるだろう。
しかし、結局、発想としては同じところにいると思う。

みなが挙げていたが、問題は、「現状保存ができないこと」、「無かったことを証明するのは難しい」ということ。

いきなり余談にはいるけど、後者の「無かったことを証明するのは難しい」というのは、科学論においてもそう。例えば、UFOが存在しないことを証明するのは難しいのである。UFOを信じる派はそれっぽい写真をどんどん持ってきて、これはどうだ、これはどうだと言ってくる。いちいちこれは違う、これは違うといっても良いのだけど、それはきりがない。実はUFOについては論議が逆転していて、UFO否定派が無いことを証明するより、「確実に宇宙人の乗り物であること」を証明する方が難しいのである。未確認の何かであることは認められるのだけど、それが知的生命体の成果であることを証明することに成功した人間はいない。つまり、なにかであること、一つの事実(の存在)を証明するのはとても難しいのである。統計の仮説検定が、帰無仮説の棄却でもって対立仮説の採用とすることと同じ構造がある。

このロジックは、他にも「前世の証明」とか、「神の存在」の証明と同じくらい面倒な話だ。存在しないのにみんながあると思っているのはやっぱり存在しているのだ、というカント的なひねくり返った話もできなくはないけど、一般人には通用するまい。

戦争犯罪にしてもそうだ。従軍慰安婦はなかったとか、南京大虐殺はなかった、ということを証明するのは非情に骨が折れる。なぜなら、対立仮説が「無かったとはいえない」とか、「強制でなかったとはいえない」という、比較的証明しやすい方の立場だからだ。「あったこと」を証明するのは難しいのであるが、「無かったとはいえない」というのは比較的たやすい。

心理学者が、この「たやすい」方法でもって議論を積み上げているのは弱点をさらしているとしか言いようがないし、それでないとロジック・仮説を積み上げられないというそもそもの不利益をわかった上で積み上げる美しさ、おもしろさがわかってこそ、真の求道者だといえるだろう。

話を本題に戻す。

痴漢も同じで、「無かったことを証明する」側にまわる時点で負けである。それなら「あったことを証明する」派を連れてこい、という方が楽である*1。ので、いっそ逃げよ、という答えも出てきてしまうのである。逃げて、後日どうしてもそいつが犯人であれば、犯人で「あること」を証明しなさい、ということに話が変わってくるからだ。犯人として同定された後、はんにんでなかったことを論じるのは不毛だし、そもそも不利なのである。スタート時点で。

で、まぁここまでの話を聞いていて、私は一番正しい回答を思いついた。
被害者に「あんたが犯人でしょ!」と言われたら、正しい反応は「いえ、私じゃありません」ではなくて、「いや、こいつです」と責任転嫁することなのだ!!
そうすると、責任転嫁されたヤツが本当に犯人だったかどうかにかかわらず、その人は「私ではない」ことを証明する必要に駆られるし、被害者Xも、たしかにAであってBではないという証明もしなければならなくなる。Bが別のヤツに「いや、こいつだよ?」と別のCを指させばもうけたもので、結局この連鎖が繋がれば、その場の関係者全員が駅員とか警察関係者に引き渡されるわけで、結局いろいろな側面から現状を再現できるし、証言も増えてくるだろう。なにより、Aが犯人ではない、ということを証明するより、BやCやDや…Xでなく、Aであるということまでわかって初めて、犯人がAであることを証明できるわけで、そもそものAかAであるとはいえないのか、という不毛な議論からは抜け出すことができるのである。

どうでしょう、この考え。かなり良い線を着いていると思いますが。

さぁ皆さんも、言われない痴漢の嫌疑をかけられたら、こう言いましょう。
「僕じゃないです。こいつです」と(笑)

*1:というか、普通の犯罪は検事が犯罪証明をするのであって、無かったことの証明をするのは痴漢という犯罪に限定されている。それがオカシイのだが。



素敵な日曜日

今日は、案の定?妻が風邪をひいてダウン気味。

そこで、娘を連れて、二人でいつもの公園まで散歩。
他の客がいたので、内弁慶な我が娘は「もう帰ろうよ・・・」と来て早々に帰ろうとする。
で、コンビニで妻にアイスを買って、連れて帰って。
娘もお昼を食べて眠そうにしていたので、お昼寝タイムにしてみた。

妻と娘が寝ている間に、年末年始のイチロー特番をみて、お笑い番組を見て、PS2で遊んで・・・
夕方二人が起きてきて、食事を作って早めに夕食。

と書くと、素敵な主夫のようにも見えるが、実は14時からビールや焼酎を呑み、自分のためのアテを作っていただけなのですけどね!

夜はクールダウンしながら、明日の一品を仕込んでおく。
趣味と実益と子育てを兼ねた、素敵な日曜日でした。

※飲酒時間14時〜22時。



新歓コンパ

四月の飲み会連チャンも、今日で最後。大学院の新歓コンパ。

「先生のご希望に添って、二次会はカラオケにしておきました」と言われたのですが、確認しておきたいのだけど、私はカラオケがしたいと言ったことはないのです。

それは昨年、着任したばかりのこと。
当時のM2の幹事さんが研究室を訪ねてきて、「新歓コンパに来て下さい」とお誘い下さいまして。

「先生はお酒飲みますか」というので、「はい、飲みます」と答えたわけです。
その後少し、間があって、「焼肉とかお好きですか」というので、「はい、好きです」と答えたわけです。
さらに少し、間があって、「カラオケとかでも大丈夫ですか」ということを聞くので、「はい、歌います」と答えたのです。

おそらく、会話の間が持たなかったので、色々な選択肢を上げてくれただけだと思ったのですが・・・

去年の新歓コンパは、冒頭に「先生の希望により、焼肉→カラオケになりました!もりあがろう!」ってなことを言われてしまいました。となればいつもの芸人根性がムクムクと顔を出し、ようしそれじゃあ盛り上げてやろう、となったわけで。

そのときの一年生がはやM2、幹事にまわる側ですな。
今回も事前に、「今年もちゃんと、先生のお好きなカラオケにしておきましたから!」と言われたわけで。
最近は娘に風邪をもらったので、咳は出るわ体はだるいわノドは痛いわで、基本的にお酒を飲んだり、歌ったりするのは不適切な状況にあったのですが、それを言われたら二次会までいなきゃなんないし、二次会も頑張らなきゃ?!と思うわけです。

幸い風邪は快方に向かっていたし、「危険人物」として今年はほとんどマイクを持たせてもらえなかったので*1、だいぶん楽でした。

それにしても、お酒をたっぷり飲んでカラオケでガンガン歌って三次会でまた飲んで!というのもいいんだけど、ちょっといいところでちょっとイイお酒を少しばかり頂いて、美しく解散とはならんのかな(笑)
こういうのを求めるあたり、俺も生意気に年を取ったということか。

*1:去年何があったのかは皆様のご想像にお任せします。ちなみに去年の新歓コンパ→[http://d.hatena.ne.jp/kosugitti/20070428/1177767893:title]



遠方より髪、切りにきたりて

午前中の話。廊下で聞き慣れた笑い声がする。まさかね、あの子は去年卒業したんだから、と思っていたら、これまた懐かしいドアのノックが。
このノック・パターンはまさか、とおもったら、案の定。昨年の卒業生でした。

ちょいとばかり遊びに山口に帰ってきて、忌憚だから大学にも寄ろうか、寄るんだから先生のところにも顔出さなきゃなぁ、と思ってくれたらしいのです。
で、ゼミ生も交えて、久しぶりに談笑。
まぁ卒業したといっても一ヶ月前だから、懐かしがるほどのものでもないんだけど。

とまれ、就職してよかったなぁと思うのは、こういう時間です。
卒業生が想い出と共に帰ってくる、そのために一所にとどまっている、というのは大事なことだと思うのです。
非常勤講師では考えられない恩恵ってやつでね。

今のところにいつまでおいといてもらえるかは知りませんが、いる限りはこういった喜びをたくさんもらいたいものです。
(寄ってもらえる先生にならなきゃなぁ(笑))



カーボンオフセット

インチキ宗教と本当の宗教の境目はなにか。見分け方は意外と簡単で、どういう形であれ、お金を取られたらそれはインチキだ、ということです。何百万もする壺や仏壇はもちろん、数千円の数珠とかアクセサリーというものでも、お金がいるという時点でその宗教は偽物だと言って間違いない。額の問題じゃないんです。代価を求めた時点で宗教の本質から逸れると考えるからです。

ネットワークビジネスは何が悪いか。確かにネズミ講は犯罪ですが、ネットワークビジネス、いわゆるマルチまがい商法は犯罪ではない。では何が悪いかというと、「元手ナシで儲かる」というところです。そんなはずはないのだから。その手の話は必ず「その代わりに」がつづいて、友達を紹介しなさい、商品を宣伝する人になってください、ということになる。友達を(顧客として)紹介するだけでイイ、というのは要するに、友情を売りなさい、人間関係を金に換えなさい、ということです。元手はかからないけど、ノルマが課せられ、そのために人間関係を破壊するので、問題になるのです。

さて本題。

ローソンでカーボンオフセット商品が買える、というニュースを見た。
カーボンオフセットとは、その商品を買う(権利を買うのかな)と、その分のお金が発展途上国に行って、その分植林してくれるので、CO2削減に協力したことになる、というもの。

商品は、
・200kg-CO2オフセット 1,050円(税込)
・500Kg-CO2オフセット 2,500円(税込) 
・1トン-CO2オフセット 4,500円(税込) 
というラインナップらしい。
4500円払ったら、1tのCO2削減に協力したことになるんだって。

そんな馬鹿なことがあるか!

そもそも、環境は金で買えないから何とかしろと言ってたんじゃないか。ばかばかしい!
金を要求してきた時点で、環境問題が嘘だったということがはっきりわかりましたよ。

環境問題は間違いなく詐欺だな。

京都議定書も、実は金で解決する逃げ道があって、最終的にはヨーロッパに金を支払わないと目標達成なんてできないようになっていたのだ。まぁその辺は、高度な政治取引というのがあるのだろうと思って目をつぶっていたのだが、個々人をねらい打ちしてくるとは悪質な詐欺といわざるを得ないなあ。

これ、引っかかる人多いんだろうね!普段からエコ云々言っている人はまぁ引っかかってください。その方が認知的不協和が無くなっていいでしょうから。

あぁもう、世の中の人間は、この世の中に金で買えないものは無いと思ってるんだろうか。
友情も、愛情も、命も、環境も、幸も不幸も、金では買えないのだぞ!
売ってる時点でそれは、偽物ですぞ!!




top