今日は大学で講義。
五時間目に、特別講演会があった。自分の授業はヤメにして、学生達に受けに行くように言う。
私自身、教室の後ろで講演を拝聴した。ほぼ10年ぶりである。
廣田大先生の「心理学を学ぶにあたっての心構え」と題した講演=授業が、開催されたのだ。
「教えるとは、胸に誠実を刻むこと。学ぶとは、共に希望を語ることである」by ルイ・アラゴン
「雁は八百、矢は三本」by 日本のことわざ
こういった警句を交えながら、「生き甲斐を持って生きるとはどういうことか」について、熱く熱く語ってくださった。
150名を越す学生が詰めかけていたが、誰ひとり私語をせず、シーンとした空気の中で「はい、こっちみよう」という先生の言葉に引きつけられるように、学生が顔を上げる。
どうやったらあんな授業ができるんだろう。
技術ではないとおもうのだ。ビデオを見て、モノマネができるようになっても、学生の反応が違う。歳を取っただけではできそうにない・・・。
あの人を見ていると、「心服する」ということがどういうことか、考え込まされるのだった。
授業後の懇親会、ありがたいことに、私のことをまだ覚えていてくださった。
「おう、あのときの学生が、今は教える側か。何を教えておるか」と聞かれたので、「はっ、集団コミュニケーション論です」と答えると、笑いながら「はっはっは、十年早いな」と言われた。
ゼミの同級生と結婚したというと、「けしからんな。手近ですまそうというその根性がなってない」と喝破される(笑)
学部の指導教授、F先生の話題になると、それは酷いもので、「あいつは人間ができておらぬ。よく言っておけぃ。」「あいつは宇宙人だな、そうでも思わんとつきあいきれぬわ」という台詞がポンポン出てくる。私としては尊敬する先生なので、そう悪し様に言われると流石に哀しくなってくるのですが・・・。
御大にとっては、私は孫弟子。大師匠の鞄持ちとして、帰り道をご一緒させて頂いた。
いい経験だったと思う。
頑張って生きねば。