内柴が金、谷は銅、19歳の中村も銅。なかなかいいんじゃないですか、日本柔道。
柔道はいつも、五輪で最初のウチにプログラムが組まれているような気がする。
が、見ていて思うのは、ヨーロッパのJUDOは日本の柔道とは違う、ということ。
大和魂とは言わないが、武士道精神、美しさの精神に欠けている気がするのです。
なんで世界大会は「肩車」「両手刈り」「朽ち木倒し」「巴投げ」の出現頻度が多いのだ?
肩車なんて、下に潜り込んで抱えて投げるのですよ。ほとんど奇襲技じゃないか。プロが連発する技とは思えない。巴投げも、本当は相手の勢いを後ろに変換する、見事な力学の技なのに、もう無理から倒れ込もうとしているだけやしね。
もちろん、戦略的に正しいのはわかります。巴投げとか、失敗しても寝技に持ち込みやすいしね。かけ逃げにも向いてるんだろうね。パワー&スピードの競技になればそういうことなんでしょうな。しかし、柔よく剛を制す、というスピード&テクニック、の競技ではないんでしょう。
私の思いこみなんだけど、柔道を始める人って、日本人でも西洋人でも、かなりの熟練者がヒョイと投げる様を見て「美しい!」と思ってやってみたい!になるんだと思う。日本発祥のスポーツが、五輪種目になったのも、本質的な美しさを世界が認めたから、世界一流のスポーツとして採用されたのだと思ってる。もっとも、スポーツ→ルール→ルール違反でなければよい→美しさ減、という流れもよくわかるのだけど(官僚主義の腐敗と同じ構図)。
さて、腐っていても仕方がないので、新しくて楽しい柔道を考えてみました。
1.「だらしない」は減点。道着の乱れをきちんと直さない選手が多すぎる。特に、帯だけ直して、前がはだけているヤツが多い。あれは「だらしない」として減点、きちんと取り締まる。
2.技別選手権に変える。「背負い投げ」という種目では、背負い投げ以外はポイントにならない。その代わり、時間、体重、無制限。技が決まるまで、お互いに背負い投げをかけ続ける。有効、効果は廃止。技ありか一本のみ。
3.2.ほど厳格じゃなく、技種別に変える。「投げ技」「寝技」「無差別」の3クラスにする。他競技の人も入って来やすい。寝技はレスリングなんかも良いんじゃないか。三階級制覇、というより三種目制覇、というのが格好いいことになる。
4.2.3.と同じ流れなんだけど、「規定」と「フリー」に分ける。「規定」では、そのとき発表される技に高ポイント。審判がガラガラを回して、例えば「袖つり込み腰」が出たら、その競技で袖つり込み腰=10本ぐらいの価値があることにする。何度両手刈りを決めても、1本にしかならない(笑)
最後の競技は面白いだろうねぇ。「隅落(すみおとし、別名空気投げ)」とか「浮落とし」とかが出たら、「どうやんの、それ?」っていう選手もたくさん出てくるに違いない(笑)「内股すかし」とか「出足払い」が出たら、もうどっちが先に技をかけるかで大変(笑)
まぁこの辺が、「素人の妄想」で終わるあたり、柔道が完成されたスポーツだということなんだけれども。発想の訓練として、新スポーツを考えながら五輪を見るのも楽しいものです。