コメントをいくつか頂いたので、返信というか補足というか。
まず、私は橋下(橋の下と書いて橋下。not橋本)知事のやり方に賛成ということです。
労組の見識は浅いというのは、少なくとも表面的にはそうです。
やはり一番のポイントは「公務員」という表現だと思います。ジーさん(こう書くと何か申し訳ない感じがする(笑))の仰るように、公務員という言葉に含まれているバリエーションの多さがマズイと思うのです。
公務員といっても下っ端から国1まで様々あるので、それを十把一絡げに「公務員だから」と判じるのは駄目だと思います。
頑張ってるヤツもいれば、常に「俺じゃあどうしようもないんだよ」と忸怩たる思いを持っている人もいるハズで。
個人的には、若者と国1ぐらいの超上クラスは「公務員」という言葉の範疇から外して、どんな状況であっても給与面・補償面が充実してないと駄目だと思っています。その中間に、競争原理が働かなさすぎるのが問題です。
下っ端の公務員は若くてまず最初の基盤がないだろうから、給与を削ってやるのは可哀想です。仕事をしていない、という批判もあるかもしれませんが、それは基本的に組織の持っている問題でしょう。
語弊をおそれずに言いますが、私は、下っ端公務員は脳みその付いてないボディみたいなものだと思っています。だから可哀想なんです。自分で判断できないんです。というか、判断してもらったら困るわけです。意に反して身体が動いたらマズイのは誰にでもわかることで、例えば車のナンバー一つ変えるにしても「じゃあ京都に行って住民票取ってこい」と窓口は言わざるを得ない。そこの利便を効かせろよ、というのはもっと上がやる仕事で、下っ端は何とかしてあげたくてもやっちゃ駄目なのです。だから可哀想。仕事をしないというより、出来ないという前提がある。
勿論中には殿様感覚で窓口に立っている小役人、というヤツもおりますが、それは分散の範囲内で許容してやりたいと思います。
そういう意味で、公務員がうまくまわらない最大の問題は「中〜上」で、その責任を負うべき「上」がもらいすぎているように思えるのです。社会システムをデザインできる立場にいながら、無能あるいは臆病が原因でそれが出来ないのであれば、辞めるか給与を大幅に減額されるか、となるべきで、決して同率で下をいじめてはなりません。職に就いたばかりの公務員から、夢と希望を奪ってどうしますか。「とりあえず、管理職になったら、国民住民の目線に立って公僕として奉仕しよう、それまではゴマメで許してもらえたのだから」と思わせねば。
労組は、そういう「下っ端まで皆同じ公務員」ということを基盤にして、無茶苦茶であっても反論し続けるわけです。少なくとも、彼らは自分の言っていることが無茶だと自覚する程度の知恵はあると信じたい。私が昨日言いたかったのは、無茶とわかっていても反論すること、闘うことって「まず」忘れてはならないことだよ、というものです。闘う前から闘う意志を奪われていることが、もっとも恐ろしい。今更ながら、マルクスの言うことに一理ぐらいはある、と認めるべきではないかな。
勿論、闘うことが目的になったりするのは論外だし、方法論に対しても常に反骨精神で当たらねばならない、というのを先人が教えてくれた教訓として持っておかねばなりませんが。
どのような階級の人間でも、牙を折られたら生きている価値はない、と思うのです。
それが体制に沿うものであっても、反するものであっても。
・・・あれ、やっぱり酔っぱらって各文章はおかしな方向に流れていくなぁ(笑)
昨日も酔って書いていたので、落ち着いて補正しようと思ったのに、夕飯が揚げ物だったのでビールが止まらなくなりました。
今日もなんだかわからないまま、おしまいです。