レポート採点祭り

中間レポートの採点。ほぼ一日かかったな。155人が履修しており,うち144人が提出している。提出率92%は初年時共通教育だから,ということが大きいように思う。
採点後,データ検証中。提出された分だけを対象に。性別,学年で有意差なし。交互作用なし。
俺の採点とTAの採点,積率相関係数で0.59はやや低め。ポリシリアル相関係数で0.64(TAは5段階評定のため),これぐらいならまあ良しってところかな。
後で評価が分かれた点について,TAとディスカッションできればいいかな。

さて,この課題は先日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/kosugitti/20110617)にあった分なのですが,お題は「デカルト方法序説を読んで,次の観点からまとめなさい」というもの。
色々読ませてもらったけれども,まぁなかなか残念なことも多い。

まず,文章の頭一文字下げるという日本語作文の基本が出来てない人が多い!これは年々増えているように思うなぁ。
原稿用紙で書くときは下げるけど,Wordで書く場合はどうすればよいかわからない,ってことなんだろうか。でもわからなかったら普通下げる方(見た目が美しい方)になると思うんだけど。
その他,ですます調の統一が取れてない文章とか,13行にわたって「,」はあるけど「。」がないという大変読みにくい文章とか。どんどん減点対象にしています。

笑えるレベルなのも結構あって,レポートが表紙をいれて3ページしかないのに,表紙をめくってまずあるのが「目次」てどういうことだ。目次の下から本文が始まっているし,やたらと段落が多いので,「…1」「…1」「…2」「…2」「…2」ってなってる。アホらしいと思わないのだろうか。

レポートの最後に,「いいレポートでした」って書いてあるのもあった。よい課題が与えられたので勉強になりました,とかそういう意味か。自分で自分のレポートを評価した(=自薦)のか。わけわからん。

あと,A4で出すように,と言ってあったが,まさかレポートがパワポのスライドで出てくるとはおもわなかった!箇条書きをするのなら,確かにその方がわかりやすいかもな。パワポはだめ,って言及してなかったので,そこでは加点も原典もありません。ただ内容が残念だったので評価は低かったが(笑)

レポートの評価基準は,頭を使って書いているかどうか。これに尽きる。自分の言葉で実のある議論が出来ているかどうかなのだ。
デカルトはスゴイって書いてあるのは評価できない。どうスゴイのかがわからないから。同様に「彼の偉大な考え方は,いろいろ多方面に影響があったと思う。」というのも駄目。情報量ゼロビットだよ。こういう当たり障りのない表現をよく考察の中に入れられるなぁと思う。思考が絞り込めてない証拠ですよ。まぁ考察のところに「よくわかりませんでした」って書くヤツもいましたけどね。

「(デカルトの考え方は)後世に元気と勇気を与えた」,ってのは面白かった。ほんまかいな,と思いながら,学生の真摯な態度がかいま見れたからです。

ここからは愚痴みたいになるんだけど(今までも愚痴みたいでしたけど),最近の学生一般に対して持っている印象がある。
それは,自分の中身が空っぽなんじゃないか,という疑念だ。自分だけの言葉というのが見あたらないことが多いのだ。
学生諸君のなかに,代わりに入っているのは,「問い」である。わからなければ聞く,という脊髄反射。でも「自ら積極的に考え,学んでいくべきだ」という文言までネットから取ってきてどうするの。意味わかってないじゃないか。
相談していても,講義していて,質問を募っても(コメントペーパーを書かせても),本気でそれを問いたいのか?という質問が来ることも少なくない。

腹が立つことには,答えを返した後の反応。
一番嫌なのは「なるほど,完全にわかりました」というやつ。完全にわかるはずがない。こちらは色々考えて,その一部分を「こうではないだろうか」とのぞかせただけなのに,俺の意図を完全に理解するなんて,俺でも出来ることじゃない。言葉にならない,ぐにゅっとした感情・感覚・思考も含めての今の答えでしかないから。

次に嫌なのは「すみません,こんな質問して」みたいに謝罪するパターン。質問そのものは悪くないし,じゃんじゃんして欲しいのだけど,謝罪しなければならないような問い=愚問なら止めたがいい。時間を無駄にしたくないのです,私は。これ,大人になると「ごく初歩的な質問で失礼ですが...」という形式を取ることが多い。その問いが初歩的かどうかがわかるほど,全体像を把握しているのなら,そのうえごく初歩だというのなら,なおさらきくなよな。

聞くのではなく,問う,と言ってもらいたいが,問うのなら考えた上で問わなければならない。
何でも聞いたらええってもんじゃあないのだ。

聞いて,答えをもらって,右から左に情報を流し,大学なんてチョロいなぁと思う(あるいはそれでも大変だなぁと感じる)のは,明らかに人生の無駄である。

大学なんてこんなモンだ,と思っているヤツが,大学を「そんなもん」にしている。
これは結局,生まれによって将来が決まっているんだ,と考える差別主義的発想,あるいは社会階層・身分主義に陥っていることと同じだ。

たかだか教養の2単位じゃないか,と思っているヤツにとっては,2単位にもならないが,真剣に考えれば人生が変わるようなパラダイムシフトが待っているかもしれないよ。

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