Kosugitti's BLOG

アンドロイドは正規分布の夢を見るか

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目指せチゲ鍋

今日は寒かった!

午前中はレポートの整理、午後は非常勤先で試験監督と忙しくしており、帰り道に寄った本屋で立ち読みしていた妻を発見。二人で帰りながら、今日は寒いから鍋にしようということになった。
というのも、テレビのCMでやってる「キムチ鍋orチゲ鍋の元」。キムチ鍋はわかるが、チゲ鍋というのを食べたことがなかったので、一回あれをやろうやろうと言い合っていたのだ。

早速近所のスーパーに鍋の具を買いに行く。そこではキムチ鍋の元しかなかったので、俺が単独で別のスーパー等に行き、チゲ鍋の元を買ってくることになった。

ところが、だ。
探せど探せど、置いてないのである。コンビニ三軒、スーパー三軒回ってなかったので、2kmぐらい離れている大手スーパーに行ってやっとこさ見つけだした。
帰ってきて時計を見たら、寒空の中小一時間(自転車で)走り回った計算になる。

で、結果は、といいますと、社会心理学的にいってそのチゲ鍋が美味しくないわけがないのである(認知的不協和低減)。
ただ、辛い鍋だとは思わなかった。またビールを飲んでしまったではないか。

ところで、今日ネットニュースを見ていたら面白い記事があった。すごい皮肉なニュース。笑いにくいぐらい、世界情勢は緊迫していますが。

アメリカさん、いい加減喧嘩売るのはやめたらいかが。



誤字脱字

誤字が多くて困ってしまう。

パソコンを使って文章を書くから、漢字を忘れる云々の心配はないのだが、「誤変換」の危険はいつもつきまとうのだ。
きちんと確認しないのが一番の理由。これぐらい一発で出るだろう!と機械を信用してしまう。「〜のものを」という文章が「〜野茂のを」となってたりする。
次に多いのがキー入力が不十分であること。例えば「われわれ」と入れて変換したつもりが「和er我」となってたり、「システム」が「捨て無」になってたり。
最後に、機能を使うことによる問題。例えば「システマティック」という用語を、途中までそう書いていて、途中で(頭の回路が切り替わったんでしょうな)「体系的」と日本語にしちゃう様なとき。このような場合、変換機能を使って一度に書き換えてしまうのだが、「体系的記述」とかいうことばが「システマティック記述」となっちゃう。「な」が要るのにね。

いずれにせよ、パソコンの能力・機能に依存しているから出てくる症状で。手で書いていたら絶対こんなことはないのである。

それでも、パソコンを離れられないのがわれわれの世代というものか。
この日記で誤字脱字、誤変換を見つけたら、そっと教えてください。こっそり直しますから。

ところで、今日テレビ「伊東家の食卓」で面白いことをやっていた。
「お」をたくさん書いていると、途中で「あ」と書いてしまうことがあるというのである。
これは東北大学大学院の仁平義明教授が発見した『書字スリップ』という現象だそうだが(本当にこの人の発見か?と思ってしまうのだが)、言語と脳の関係が生み出すイタズラみたいでちょっと面白い。
知らない方は、ホームページを参照して、チャレンジしてはいかが?

おまけ:妻が作ってくれたハッシュドビーフ(ハヤシライス)が、やたらコクがあってうまかった。そんなに長く煮込んでいたようには思えないのに、何でだ。具にキノコが入っていたことと関係が?



事務方な日

今日は大学で事務手伝いのバイト。
一日中レポート受付であった。

そこでおこったおもしろ話でも書ければよいのだが、実は何も面白くない。「メソッド」を「メッソド」と書き間違えた子だとか、授業を半年受けていて、クラスと先生の名前が全くわからないと言う子がいるぐらいで・・・。

朝からそのバイトだったので、早朝ラッシュの電車に乗り、帰りは帰りでラッシュの時間帯だったようで、通学・帰宅時間がほとんど立ちっぱなしだった。その間に自分の作文を推敲する時間がたっぷり取れて、その時間が今日一日の中で充実していて、面白かった(インタレス天狗)のだが、そんなもん日記で報告しても共感してもらえないだろうし。

酔っぱらった妻の振る舞いを見ている方が、よっぽど面白い(笑)



最近の若いモンは・・・

新しい仮面ライダーシリーズが始まった。
その名も「仮面ライダー555」。
仮面ライダーゴーゴーゴー!とでも読むのかと思いきや、「仮面ライダーファイズ」と読むらしい。わけわからん。

しかもまぁ、ストーリーが難解である。
第一話は二つの異なる場所で、異なる話が進むのだが、突然場面が切り替わるから「どういう関連があるんだろう?」と思いながら見ていたら、関連せぬまま終わった。もちろんこの先々で絡んでくるんだろうけどもさ。
ストーリー性というのを、小説のように「流れ」で味わうのか、ゲームのように「シーン」で味わうのかの違い(感性の違いというより、おそらく世代の違い)があるように思う。

さらに面白いのが、仮面ライダーはあるメーカーのつくった特殊技術によるものだそうだ。
ベルトはあるが、そこに風力を与えるのではなく、携帯電話に変身コード(555)を入力し(エンターキーを押す)、ベルトにセットすると人によってはライダーに変身できる。昔みたいにあんまり神秘的な発想がないんだよな。
前回のライダー、リュウキの時はカードをセットして闘うという形であったが、いずれにせよ制作者側はうまく子どもがお金を使うように作ってあるなぁと思った。

なんだか自分の子どもの頃とは大違いだし、このやり方は子どもの教育にも弊害になると思うんだよな。
子どもの頃、父にいくらマンガやテレビの話をしても「面白くない」と一蹴され、「大人になったら絶対子供心のわかる人間になってやる」と心に誓ったが、なるほど、こういう仕組みだったのね。



オーケストラ

今日は学部生の所属する、関学オーケストラの公演に行って来た。

やはり生の迫力というのはすごいものである。
座席は楽団の真横であったのだが(それによる音響の違いなどがあるのでは?と素人ながら心配したのだが)、全くの杞憂で、完全に楽しむことができた。

なかなか活発な後輩ではあったが、演奏するときはさらに情熱的であり、生き生きとした人間の様を見て心がリフレッシュした。

普段は数式と論理的な日本語にしか興味がない私にとって、音楽だけは理屈で考えることを拒否する聖域である。

(余談)日記が一週間続いた。びっくり。



寒かった

今日は一団と冷え込んだ、気がする。

今日は朝から、京都からスタートして、門真、大阪、神戸とうろうろして回ったのだ。
寒空の中、スーツ姿は足下が冷えて困った。

そんななか、心の救いになったもの。
昨日テレビでみて、良さを再確認した「クレイジーケンバンド」。
なかなか真面目な音作り、馬鹿馬鹿しい歌詞で、きいてて心地よいのである。

あちこちに遊びに行こう、パーッとしよう。
でも問題が一つある。お金がまったくないことだ。
でも俺には夢がある。金を貸してくれ。夢を語らせてくれ・・・

こんな感じの歌詞なのである。
キンモクセイが「車線変更25時」という歌を、スタジオから帰る道中でつくったとか、いつも通っていた喫茶店のパンがあまりにもまずくなったので作ってしまったYMOの「Pure Jam」とか、ミュージシャンには適度なばかばかしさが必要なのである。その勢い余った感が、凍り付いた心を温めてくれるのである。

ところで、帰るのが11時近かったのだが、最寄り駅の駐輪場についてびっくりした。
サドルが濡れているのではなく、凍っていたのである。氷が張り付いていた。
まさかここまで寒いとは!

帰宅したら、妻が温かい料理で出迎えてくれた。感謝。



TeXは本当にすごいんですよ

普通の人は、文書作成にはWordを使うと思う。

使っている人は、どうしてもWordに不満を感じると思う。
使い勝手の良さは年々マシになってきているが、何よりもメモリ不足が原因となることが多い、謎の不正終了である。

私は卒論・修論でWordを使っていたが、どうにもこうにもバグが多くて、せっかく途中まで書いた文章が電子の藻屑になる、ということもしばしば。
メモリ使用量の多さ、バグの多さにはさんざん泣かされた。

で、ここ数年LaTeXの使用に励んでいる。
これは基本的にテキストエディタ(メモ帳や秀丸といったエディタソフト)で文章を書いて、それをプリントアウトするときに「美しくなるように」独自の版組をしてくれるというソフト。

このソフトの作者は数学者で、自分の書いた美しい数式が美しく表示されないのに腹を立ててソフトを作って書き直したというキワモノ。
でも、こだわりのある人だけ会って、こだわりのある素晴らしいソフトになった。

タダで手にはいるので、興味がある人はどうぞ。
入門ガイドのような者を読むのが一番だが。
くわしくはこちらをどうぞ。
日本語TeX情報

で、このところこのTeXを使って文章を書いていた。
それぞれ「レポート」スタイルで書いていたのだが、ふと思い立って「製本」スタイルで版組をしてみた。

すごいなぁ、TeX

自動的に目次を作ってくれるし、章番号を振り分けてくれるし、偶数ページ・奇数ページごとに左右のマージンが違う、製本すると美しくなるスタイルにしてくれるのである。

美しい!ってことは言葉でいくら言っても伝わらないと思うので、あくまでも自分の心の中でやたら満足した、というだけなのだが、そういうのをかくのが日記というものである。



最終講義

今日は、佐々木先生の最終講義。

佐々木先生は関学に36年間おつとめになられ、集団力学(Group Dynamics)の授業を担当されておられた。

35年以上もの歳月である。自分が生まれたときには既に関学で授業をされていたのだなぁと思うと、なにやら頭が下がる思いである。
卒業生や他のゼミの学部生、教員も多数参加され、先生の人望と、こつこつと研究を続けてきた者に対する尊敬を表す学校・学問業界の精神に感動した次第。

さて、学部長が、授業に先立つ挨拶の言葉として、以下のように述べられた。

「先日引退した貴之花は、相撲をして15年、年齢若干30歳。それよりも長く勤めてこられた。
 横綱がひとり引退したら、関取5人がいなくなったほどであるという。
 本学においても、佐々木先生が引退されることは、関取何人に等しいのやら。」

・・・なんで関取に換算するんだろう(笑)
教員5人分とか言っておけばよいのに。笑い出しそうになったではないか。(学部長がこのページを見てないことを切に希望する)

最後の授業は滞り無く進み、先生の研究を始めるに至ったきっかけ、主たる研究内容などをあらためて聞かせていただき、勉強になった。
長い間、ご苦労様でした。

ところで、今日は予定がこれしかなかったので、すぐに帰宅して妻と買い物にでかけた。
帰り道、一息つこうと入ったマクドナルドで、新聞を見てびっくり。
来年度の阪神、遊撃手が6人もいて、ポジション争いが激しい・・・ということなのだが、その中にご贔屓の選手、久慈の名前があるではないか。

阪神のわけの分からない査定制度に腹を立て、反抗したら、中日と交換トレードに出された悲運の選手。しかし遊撃手の守りは鉄壁で、中日でも移籍当初は大活躍だった。
ところが最近は、あまり活躍するところを見ないなぁ、と思っていたところである。

帰ってきて調べたら、去年11月頃のニュースがHitした。

あの久慈が本当に帰ってくるのだ。
とにかく、とても嬉しいニュースである。

最後にひとつ、面白いニュースがあったので、紹介しておこう。
人工知能」ならぬ、「人工無能」がサービスとして利用できるそうだ。

最初は無能だが、話せば話すほど辞書を充実させていって、まるで知能があるかのように振る舞うことができるのが人工無能
ネーミングセンスと、簡単にプログラムできること、あと何となくやってて楽しい(昔雑誌のサンプルプログラムでついてきたので、遊んだ覚えがある)ので、興味を持った人はやってみてはいかがか。



卒論発表会

今日は卒論発表会の日である。

四回生が卒論を書き終え、その成果を先生、院生、三回生の前で披露するハレの日である。
「披露する」といっても、昨年末からしょっちゅう学部生に相談を受けているので、だいたいの内容は想像がついてはいるのだが、それでも年末・年始、我々院生を含めたスタッフの目に見えないところで彼・彼女らが努力し、ひとつの作品を作り上げたのだから、と思うと、こちらも襟を正して発表を聞こう、という気になる。

この業界のことをよくご存知ない方のためにコメントしておこう。

日本には心理学部というのがない。
普通、文学部や教育学部、社会学部の中に、心理学科として含まれている。
私の所属する大学では、社会学部の中に社会心理学ゼミが開講される、という形だから、学生は1〜2年生の間は社会学、もっというと社会科学一般の勉強しかしてこない。
心理学はそれら一般の社会科学とは違って、論文を書く方法、書式など、独特のスタイルがあるのだが、ゼミに入ってくる学生は、3〜4年生の間にその方法論を修得しなければならない。
これは、統計などの知識がいるので、実はたった二年でやるのはとても大変なことなのである。

教授の側は、その学会に認められた手順、方法などを厳密に学部生に求めるが、学部生の理解がそのレベルに追いつかないことがほとんどであり、そのようなとき先生の言葉を翻訳して学部生に伝える係として、大学院生というサブ・スタッフが必要になるのである。

今年の学生は、年末押し迫った頃に「分析合宿」を行い、夜通しパソコンを叩きながら卒論に必要なデータを算出していた経緯もあって、なかなかに思い入れ深い学年であった。

卒論発表会も滞り無く進み、玉石混合という感は否めないものの、とりあえずこれでこの子達も巣立っていくのか、と思うと肩の荷が下りた思いである。

・・・というのが、今日の深酒の言い訳である。
さぁ来年度も楽しませてもらおう。



ソフトの使い方

在宅研究日である。

大学院生をしていると、一週間に2〜3日はでかけなくてもいい日があって、そういう日は大概家でブラブラしているんだけど、ブラブラしているというと格好が悪いので、「在宅研究日」と呼ぶことにした。

まぁ呼び名は格好いいけど、結局昼まで寝ていたりするものである。

昼まで寝ているのも、マンガ読んだりゲームしたりビデオ見たりで時間を使っていたりするのも、研究にはなんらかの形で糧になることがあるんだけれども、その話は横に置いておいて。

昼からあるファイル操作をするプログラムを書いていた。
そろそろ形になったかな?というころになって、Windowsお得意のバグ。
わけのわからん停止である。
何も保存せぬままマシンを再起動した。
今日の作業量がすべてパアである。

再起動後、すこし惚けていたのだが、ふと思いついてYahoo!で検索をしてみた。
「ソフト ファイル 操作 一括」というようなキーワードでやってみると、でてきたでてきた、フリーソフト。

複数のファイルの内容を一括変換するソフトで、昼から自分で作っているようなソフトがフリーソフトとして出回っているのである。
実際これをDLして実行してみたら、一瞬でやりたかったことが終わった。
別の意味で惚けてしまいそうである。

ヘタに自分でプログラムを書けるもんだから(プログラムの内容もヘタなんだけど)、ついやってしまおうと思うが、明らかにこちらの方が仕事は進むのである。

プログラムを書ける能力とソフトを探し出す能力。
今後の時代は後者の方が有用なのかもしれない。
コンピュータリテラシーについて、また少し考えを改める必要があるなぁ、と思った日でした。




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